負傷者空輸量の多くなかった中東20年から意識転換
患者トリアージなど厳しい選択を迫られるケース増に備え
中東からの空輸の2倍以上の飛行時間も課題
6月16日付米空軍協会web記事が、過去20年間の中東での戦いとは異なる対中国本格紛争に備え、米本土を拠点とする第911患者空輸医療隊が部隊レベルで取り組む様子を報じ、アジア太平洋での戦いの厳しさを改めて紹介しています
第911患者空輸医療隊は、多くの場合C-17に応急措置を施した負傷兵を乗せ、前線基地から欧州や米本土の大規模医療施設に移送する役割を担っている部隊で、最大60名患者用担架ベッドを設置できるC-17輸送機を、
通常は患者空輸を2名の看護師と3名の衛生技術兵(medical technicians)、又は3名の看護師と4名の衛生技術兵で担当が基準ですが、これを対中国では1名の看護師と2名の衛生技術兵で担当せねばならない可能性が見積もられているようです。
また、患者の空輸準備や飛行中の様態急変時に、この看護師と医療技術兵は無線等を通じて医師・救急ケア専門の看護師・呼吸器専門家から編成されるCritical Care Air Transport Teams (CCATTs)に助言を求めるますが、本格紛争時には通信途絶も予想されることから、より厳しい判断を患者空輸医療隊の搭乗員が求められる事も想定されています
このような厳しい場面を想定し、同部作戦担当幹部であるFoster中佐は、月に2回以上「不足事態対処」の訓練を組み込み、例えば、離陸した後に、追加の患者輸送を命ぜられて引き返して対処したり、症状の軽い患者に重症患者の「止血」措置支援を「同意を得た上で」お願いする訓練等々を行っていると語っています
また、2021年8月のアフガニスタンからの脱出飛行の際に、数百人が押し込まれたC-17輸送機内をたった一名の医療技術兵で対処し、避難民の協力も得て「出産に成功した事例」等も教材に、予期せぬ事態での柔軟な対処や、原点に立ち返って最善を尽くすメンタル面での準備にも取り組んでいるとも説明しています
もちろん部隊独自だけでなく上級司令部とも連携し、緊急事態での搭乗医療チームへの権限移譲をどこまで可能にするか等の協議や、有事に使用可能な輸送機が限定されることを想定し、他の搭載物資(兵員、弾薬、物資等)と「患者を混載」する要領等について検討も行っている模様です
またFoster中佐は、アジア太平洋からの空輸は、中東からの作戦に比して長時間フライトとなる事への難しさにも触れ、「例えば日本から米本土へ空輸する場合、(カタールからドイツへの空輸の2-3倍の)12-15時間フライトが予期されるが、これは搭乗員にも患者にも極めて厳しいフライトとなる」と述べています
更に同中佐は、アジアの同盟国軍にも患者空輸組織が存在しているが、長距離をそれなりの規模で空輸可能な組織は米空軍のみであり、同盟国負傷への支援も考慮すべき課題だと触れています
その他、米空軍の輸送機不足が明白になっている中、同盟国の輸送機を使用した患者空輸訓練にも着手しているとし、例えばカナダ空軍保有のC-130より小型の「Twin Otter」輸送機で訓練した経験にも触れています
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日本のメディアや専門家が取り上げることはありませんが、ウクライナでの戦いで表面化し、改めて重要性が顧みられることとなった対中国作戦での「弾薬不足」や「輸送能力不足」に加え、撃墜や撃沈された航空機や艦艇の乗員を救出する「救難救助体制」の不備や、今回ご紹介した「救急医療や負傷者輸送能力」の不足は、
有事になって表面化した場合、米国世論に大きな影響を与え、米国政府として戦いの継続是非の判断を迫られる極めて重要な要素だと思います。
同盟国の負傷兵空輸にまで頭を使ってくれている「第911患者空輸医療隊」に甘えることなく、日本もこれを契機に、何ができるか、何をすべきかをチェックすべき課題だと思います
関連で対中国作戦の「救難救助体制」不備
「救難救助検討は引き続き迷走中」→https://holylandtokyo.com/2023/05/23/4592/
「救難救助態勢が今ごろ大問題」→https://holylandtokyo.com/2022/07/15/3463/
「米空軍トップが語る」→https://holylandtokyo.com/2022/09/08/3614/