脅威の変化を「東アジア戦略概観 2017」で学ぶ

east-asia-2017.jpg遅ればせながらGW連休を利用し、3月末に発刊されていた防衛研究所の「東アジア戦略概観 2017」に目を通しました。シンプルに素晴らしいと思いました
「日本政府あるいは防衛省の見解を示すものではない」との大前提ですが、公的機関から出る出版物ですから、米国や日本政府を正面切って批判するような表現はなく、その点は物足りないかも知れませんが、これだけまとまった情勢解説書は他に見当たりません
特に「東アジア」を国際情勢と切り離して論じられないとの問題認識から、第1章に「欧州戦略環境の変動 東アジアへの影響」、第2章に「インド洋地域の安全保障 中国の進出への域内諸国の対応」を設け、より広い視点から論点を提示している姿勢に感心しました。同「概観」編集長である兵頭慎治・地域研究部長のリーダーシップを讃えたいと思います。
個人的には第2章第3節のパキスタンと中国関係(P52~)や同第4節のスリランカと中国関係(P60~)、更にオホーツク海から北方領土周辺のロシア軍事プレゼンスを分析した第6章ロシア第3節(P176~)が大変勉強になりましたが、本日は「脅威の変化」を学ぶ意味で最重要と考える第7章米国の第3節「(2)ロシアの軍事力に対する脆弱性の認識」(P209~)の概要をご紹介します
これまで断片的に、ロシア軍のウクライナでの電子戦やハイブリッド戦を「すごい」とご紹介し、米軍幹部の危機感を取り上げてきましたが、執筆担当の防衛研究所・菊池茂雄氏がしっかりと整理し、日本も決して無視できない、対中国に並ぶ米軍全体の大きな課題として問題提起しています。
McMaster.jpg特に、現在トランプ政権の安全保障担当大統領補佐官を務めるマクマスター陸軍中将(以下、M中将)が、前職の陸軍能力統合センター(ARCIC)長としてロシア軍脅威分析の中心人物だったこともあり、米国の対露認識を考える材料としても興味深い所です
まんぐーす的には、米国がアフガンや中東で対テロ作戦に忙殺されている10数年の間に、中国だけで無く、ロシアもしっかり対米軍戦略・戦術を練り、具体的装備を準備してきた事が明示されており、日本の従来の装備体系への疑問がますます高まりました。戦闘機なんかに投資している場合では無いですよ・・・
第7章米国の「露軍事力に対する脆弱性の認識」より
East-Euro22.jpgロシア軍に対し、懲罰的抑止ではなく拒否的抑止を追求する変化の中で、ウクライナ東部への軍事介入で示されたロシア軍の能力と比べ、米軍の能力は明らかに不足し脆弱であることが認識され、危機感を持って議論されている
●米陸軍は2016年4月、上院軍事委員会に「陸軍がアフガニスタンとイラクに関与している間、ロシアは米国側の戦力と脆弱性を研究し、野心的な軍近代化努力に乗り出し、おおむね成功させた」と評価する文書を提出している
具体的分野の第1は電子戦である。露軍はウクライナの指揮通信だけで無く、GPSや無人機誘導電波を妨害し、砲弾の電子信管を無効化するだけで無く、ウクライナ側の電波(無線、味方識別装置、Wi-Fi、携帯電話)を探知し、砲撃目標発見に使用したと分析された。
●そして米軍の電子戦能力の遅れへの懸念は国防省全体で共有されるに至り、「米国が、その情報を収集、配布、調整し、それに基づき行動する能力を弱めるために、敵対者が相当の時間、努力、そして資源を費やした」結果、「電子戦における優位は厳しく脅かされている」と結論付けられた
第2の問題はM中将が「地上からウクライナ上空で航空優勢を確立した」と指摘するロシアの「階層化された防空能力」問題である。
第3 に露軍火砲の能力向上である。これは露軍のミサイルや火砲が「米陸軍の火砲システム・弾薬より射程が長く、威力も上回っている」ことだけでなく、露軍がSNS情報や「ウ」側の通信電波、更には無人機偵察で目標と特定し、集中砲火を浴びせるなどその「高度な技術的洗練」にも米陸軍は脅威を感じている。
●また兵器面でも、ラスター弾やサーモバリック弾、散布型地雷などの面制圧兵器の集中使用は、米軍がクラスター弾の調達を中止した中で脅威でアリ、更に露軍のT-90などの新型戦闘車両や、対戦車ミサイル等から車両を防護する「米軍がまだ研究段階」のアクティブ防御システム(APS)の導入なども、米軍装備を「旧式化」させるモノと認識されている
大前提である航空優勢が成り立たない危機感
McMaster3.jpg●M中将等は、冷戦後、米陸軍が戦力組成から火砲を大幅に削減したのは、ソ連脅威の消滅と、常に航空優勢が確保され、航空支援を得られるという前提があったためであるが、「我々には偉大な空軍がいるが、ここ1、2 年の間、その前提そのものを疑わなければならなくなった」と指摘している
●また2016年5月のCSIS講演でM中将は、米軍部隊が大出力の電波を全方向に発信しており、「我々はある能力を持った一部の敵にはほとんど丸見えになっている」と指摘し、米軍の「脆弱性評価」を行っているが、「どのように能力を開発していくかについて、我々を異なる方向に導こうとしている」と述べ、ロシアの動きが米軍の戦力整備の方向性に影響を与えつつあることを示唆している
●この様な脆弱性認識の元、米国防省はFY2017 予算要求のロシア抑止関連投資として「地上配備防空・ミサイル防衛」を挙げ、また陸軍の戦力組成の見直しの検討報告書は、「重大な能力欠落」「受け入れ難いほど後れている」例として短距離防空(SHORAD)能力を挙げ、「冷戦後、陸軍は潜在的な敵対国空軍の脅威をほとんど感じていなかった」が、「最近のウクライナおよびシリアでの戦闘は、脅威環境が変化したことを示している」と述べている
●そしてM中将は、露によるNATOへの侵略を抑止するには、オフショアバランスや懲罰的抑止は有効でなく、「合理的なコストによって目標を達成することは不可能であると納得させる」という「拒否的抑止に沿った抑止へのアプローチ」を取ることが必要であると主張している。この様に、2014年3月の露によるウクライナ併合から2年、米国防省の対露脅威認識は深刻になっている
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McMaster2.jpgもちろん米陸軍は、海空軍に押されて予算的に厳しい中、巻き返しを図りたい、何とか巻き返しの材料が欲しい、と考えているのでしょうが、欧州米陸軍司令官をして「涙が出るほどすごい」と言わしめたロシア軍の脅威は、正当に評価されていると認識すべきでしょう
ロシアの「階層化された防空能力」で米空軍のステルス攻撃機が無効になるとは言いませんが、明らかにリスクは高まるでしょうし、東シナ海の中国正面はそれ以上かも知れません。
実際、最近になってステルス命だった米空軍幹部が、次世代制空機PCAより、次世代エスコート型電子戦機PEAを優先すべきと発言し始めていることからも、その脅威度が高まっていると認識すべきでしょう
弾道・巡航ミサイル、サイバー&宇宙戦に加え、最近になって電子戦が脅威のセットで米国防省関係者から語られるようになっている背景は、こんな所にあるのでしょう。
そして日本の装備体系において、「戦闘機命派」による「戦闘機投資聖域化」により、上記分野への対応が、外圧部分を除いては、ほとんど手つかずになっていることを改めて注意喚起したいと思います
ATACMS5.jpg追伸→→→第7章米国の第3節「リバランス追求」の「(3)アジア太平洋での軍事態勢」で、中国A2ADへの対処策として、米海兵隊が高機動ロケット砲システム(HIMARS)と陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)ミサイルを組み合わせ、LCACで機動輸送して対艦・対地攻撃を繰り返す構想と試験演習が紹介(P196下~)されており、この部分も興味深いです
いずれにしても、まんぐーすの思いつき&細切れ紹介よりも遙かに体系的に整理された資料として、特に対領空侵犯措置のスクランブル回数が史上最高になった事だけにしがみつき、広く全体を見て投資優先を考えない「戦闘機命派」の皆さんにご覧頂きたい素晴らしい資料です。
まぁ相変わらず、米国の「アジア太平洋リバランス」政策の「空虚さ」や「言うだけ番長」スタイルへの突っ込みは不足(皆無)ですが来年度はトランプ政権の対中国姿勢を中心に、しっかりと突っ込んで頂きましょう!!!
何せ、北朝鮮関連で中国の刺激しないよう、米軍が上申した「航行の自由作戦」に待ったをかけたらしい(CNNが5日報道)ですし、トランプ大統領得意の「ディール」で、今後の1年でどれだけ対中姿勢が「転進」するかが注目点ですから
それでも、なんと言っても、ネット上で全文(英語訳も)無料公開ですから・・・
ウクライナや電子戦の教訓
「露軍の電子戦に驚く米軍」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-08-03-1
「ウクライナで学ぶ米陸軍」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-04-02 
「副長官が国防省として検討」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-03-19
「米陸軍電子戦失われた15年」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-07-16
「米軍の電子戦の惨状と取り組み」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-06-17-1
PCA型電子戦機PEA関連
「PCAよりPEAを先に導入へ」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2017-02-27
「20年ぶりエスコート電子戦機?」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2017-02-20
過去の東アジア戦略概観
「2016年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-04-25
「2015年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-04-15
「2014年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2014-04-13-1
「2013年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-04-10
「2012年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-04-03

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