将官OBによる政治と軍事の関係を考える意欲作!

「政軍関係:Civil Military Relations」を考える意欲作!

タイトル「軍人が政治家になってはいけない本当の理由」は筆者の本音か、編集者の人寄せキャッチフレーズか?
「東京の郊外より」を読む参考文献としても是非!
hironaka.jpg10月20日に文春新書から、元空将である廣中雅之氏による「軍人が政治家になってはいけない本当の理由」との書籍が出版され、欧米ではメジャーな学問でありながら、日本ではほとんど見向きもされない「政軍関係:Civil Military Relations」に真正面から取り組む意欲作として注目を集めています。
廣中氏についてはこれまで、豊富な米国大学や研究機関経験を活かし、かつ非パイロットOBの立場から発せられる、対領空侵犯措置中心の防衛力整備に疑問を投げかける論考や発言を画期的なものとしてご紹介してきましたが、「政軍関係」という地道で本質的な分野に、体系的なアプローチを試みる姿勢に「Happy Surprise」です!
日本の現状を自衛隊の60年と共に振り返り、先駆者である米国と英国の苦闘の歴史に学び、日本への提言を試みる構成ですが、政軍関係に関する理論的研究体系や米国の軍事意思決定過程に関する解説のほか、米英の事例を豊富に取り上げて読者の関心の理解と考察を促す構成に、工夫と努力が感じられます
個人的に印象に残ったのは、聞いてはいたが改めて認識した東日本大震災時の民主党政権のひどさ、田母神元空爆長辞任劇への厳しい批判、日本の文民統制(防衛省内局)の異様さ、パウエル統合参謀本部議長の湾岸戦争時の姿勢への疑問提起、マレン元統合参謀本部議長への賛辞、そして退役軍将官が特定政治家を支持することへの批判です
hironaka4.jpg最後の退役将軍の政治家支援活動批判については、具体的名前は挙げていないものの、航空自衛官OBの宇都隆史参議院議員への、元空幕長らによる選挙応援活動を強く戒める事を意図したものとも解釈できます
読者によっては、本書が示す各種事例の評価・解釈に違和感を抱くことになるかもしれませんし、タイトルの「軍人が政治家になってはいけない本当の理由」自体に違和感を感じるかもしれませんが、本書の最も重要な狙いは、「政軍関係:Civil Military Relations」を学問分野として体系的に分かりやすく日本に紹介する事だと思います。
以下では廣中氏を簡単にご紹介したのち、書籍の概要というよりも、書籍の主題からは少し離れるかもしれませんが、印象に残ったところをつまみ食いで取り上げ、中核となる「政軍関係」の本質議論は、自身で読んで参考にしていただきたいと思います
廣中雅之氏とは
Hironaka3.jpg廣中雅之氏は防衛大学校出身(23期)でパイロット職ではなく、地対空ミサイル部隊出身者の61歳で、2014年に退官後、2015年から2017年6月までワシントン在住でCNASと笹川財団の研究員を務め、本書の執筆に向け研究を行ったようです。
また現役の間に、ジョンズ・ ホプキンス大学高等国際問題研究大学院で修士課程を修了し、CSISやスタンフォード大学国際安全保障研究所の客員研究員も経験している人物です
日本の政軍関係の現状(序章から第2章)
●あるべき政軍関係の基礎には、軍事的専門戦を極めた軍人と政治指導者の信頼関係醸成が必須の要件だが、戦後の政治指導者、金丸信、栗山尚一外務次官、菅直人、北沢防衛相などが、幼少期に体験した旧軍人の態度を根に持ち、自衛隊や自衛隊員を根本的に信頼していなかったことが、健全な政軍関係形成の最大の障害だった
田母神俊雄3.jpg●福島第一原発冷却のため、陸自ヘリによる事故原発への放水任務決定に際して、北沢防衛大臣は「統合幕僚長に判断してもらった」と省内の会議で発言し、防衛大臣命令任務の本質を理解しない日本の政治家の無知無能ぶりを象徴的に示した
田母神元空幕長の事案は、懲戒処分手続きの調査に応じない非協力的な態度で、文民である防衛大臣の判断に異を問えるという、政軍関係の根本に反する行動に出たことで、自衛隊員の精神的健全性や組織文化まで疑われる極めて残念で負の事案であった
●背景には、田母神元空幕長の行政的職務に偏重した経歴と、精神性を高めるに欠かせない作戦部隊の指揮官職経験や教育が不十分だったことがある。今の自衛隊指揮官クラスは多様な経験を職務を積むように管理されており、そのようなことはない
米国における政軍関係の苦悩
powell.jpg●「湾岸戦争の英雄」と讃えられる当時のパウエル統合参謀本部議長(後の国務長官)の判断は後世の批判に耐えられるか? クウェートから撤退するイラク軍への攻撃は、軍事的な視点からすれば必要な作戦だったが、パウエル大将は国際的世論からの批判を恐れるという政治的レベルの判断から避け、早期の停戦を主張し、ブッシュ大統領から最終的に受け入れられた
●チェイニー国防長官から政治レベル判断に介入が過ぎると以前から叱責されていたパウエル大将が、政治的な動きをした事例である。しかしイラク軍の主力に打撃を与えなかったことは、後の中東の不安定化や現在の中東の混乱原因を生んだことにもつながており、彼の政治介入ともいえる当時の行動と彼への歴史的評価は、今後変わっていくかもしれない
1992年の大統領選挙で、86年まで統合参謀本部議長だったクロウ退役海軍大将が突然ビル・クリントン候補の応援に加わり、劣勢気味であった同候補の勝利に大きな役割を果たした。それまでの退役将軍の政治活動を避ける流れに逆行する動きだった
2008年と16年の大統領選挙でも、時の軍人トップは退役将官の選挙戦への関与自制を求めるコメントを発しているが、クロウ大将以降の流れは止められず、多くの将官経験者が候補者の応援に参画している。これは軍人の政治的中立という軍隊の伝統を損なうものだと現職の軍人トップは厳しく批判している
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Hironaka2.jpg書籍の本質的な中核的主張を解説しない、中途半端な紹介となりましたが、約200ページの読みやすい新書サイズの「政軍関係:Civil Military Relations」入門書ですので、ぜひご自身でご覧いただいて考えていただきたいと思います
一つだけ疑問点を上げるとすれば米軍の退役将軍が政治に関与するようになったのは、単に「目立ちたい」「社会的地位を確保したい」等の理由からだけではなく、「ポピュリズム化」が進む社会で、軍人の立場からきちんと発言しないと後輩軍人が苦労するとの強い思いからだと思う点です。
廣中氏が繰り返し訴えている、軍人が軍事的専門性を追求し、政治家との意思疎通の円滑化を図るだけでは、軍事のことなど政治家や一般市民はますます関心を持たなくなるとの危機感が、米退役将軍の中にはあると思うのですが・・・
最近の日本の政治状況と、安全保障環境を考えると、いざという時の「政軍関係:Civil Military Relations」の悲劇的な破綻が想像されるのですが、極めて自然な感覚で安全保障に関し正しい判断ができる若者層が増えているとの世論調査結果に期待し、本書を推薦したいと思います
廣中雅之氏に関する過去記事
「元陸幕長が米軍の列島線離れを指摘」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2017-10-09
「広中雅之は対領空侵効果に疑問」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-08-18-1
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