時々「丸ごと」その記事を引用させて頂いている情勢分析ブログ「国際情報センター」の執筆者である茂田宏氏が、大きな仕事をされました。
あまたインテリジェンスや情報について語る書籍が多いなかで、真に網羅的かつ体系的かつ事例豊富かつ多数の読者(大学院生と教員)の手で磨きをかけられてきた点に置いて、現時点で最高のテキストブック(約400ページ)の登場と言って間違いありません。「本場で本場の人向けに書かれた本」です。日本語版が関係者の思いを結集し出版されました。
原本の著者は、米国の主要情報機関の要職で勤務後、大学等教育機関で教鞭を執る際に直面した最大かつ関係者共通の課題、「適当なテキストブックがない」を自らの課題とし、2000年に初版本を出版しました。その後、利用者の意見等を踏まえ、最新の事例等も加筆して既に3回の改訂を踏まえて現在に至っているものを翻訳したのものです。
著者のローエンタール氏は「序文」で・・・
●優秀なスパイや分析官を作るためではない。国家安全保障政策の策定においてインテリジェンスが果たす役割、そしてインテリジェンスの長所と短所についてしっかり読者に伝えることを狙っている。
●主要なテーマは、インテリジェンスが政策のためにあり、政策に従属し、分析や工作に置いて明確に理解された政策目標と結びつけられる時に最高の働きをすると言う点にある。
・・・と語っており、奇をてらった、一時稼ぎを狙ったような「いかさま」インテリジェンス本とは全く異なる種類の書物であることを感じていただけると思います。
茂田氏が、「日本のインテリジェンス本の大部分がこの本を引用している」と解説しているように、こちらが元祖です。
まんぐーすは偉そうに言える知識や経験はないのですが、それでも思うのは・・・
インテリジェンスの世界に派手さは無く、地道な公刊文書の読み込みであり、値する人の話を素直に聞くことであり、謙虚であることであり、偉そうで無知な上司の要望に応じたプレゼンであり、フットワークであり、あらゆる分野への好奇心であり、人間関係であり、時には押しの強さであり、成果を収めても「静かに部屋でハードリカー」であり、毎日何を報告するかに悩むであり、ユーモアの精神であり、淡々と日の当たらぬ部屋での仕事であり・・・
だからこの本には共感を覚えます。
もちろん大学以上の高等教育を主目的にしてますので堅い部分も多いですが、沢山裏話的な「囲み記事」があり、かつその質も高く好奇心をくすぐってくれます。
「質」が高いかどうかは別として、一例を挙げると、SIGINT(信号情報)、HUMINT(人的情報)はご存じでしょうが、PIZZINTは??? これは有名な話らしくピザインテルのことだそうです。ソ連関係者が、夜ホワイトハウス、CIA、国務省や国防省にピザ屋が出前をあわただしく配達すると、「何かが起こっている」とソ連本国に打電することからその名が付いたそうです。
訳の監修を茂田氏がされていますが、実働部隊のメンバーは30–40代の現役外交官です。茂田氏が特に中核となった人物をあげておられますが、これがまた(web上の情報によると)良いメンバーです。
●松田誠さん:アフガニスタン大使館参事官
こんな優秀な方がアフガニスタンで「日の丸」を。京都大学原子核工学科と経済学部卒。在米大使館やエリートが集う条約局課長補佐勤務を経験し、国際刑事裁判所問題を一手に背負った将来の次官候補。前職の官房人事課企画官時代には「米国研究」でもその名を馳せ、「米国保守思想の系譜」なる論文も発表。現在日本が支援に取り組むアフガン警察養成の重要任務に体当たりで取り組む日々。帰国の際は、ぜひ今後の米国の行くへについてもホッピー片手に語り合いたい方(らしい)。
●三上陽一さん:第4国際情報官室首席
ヘブライ語を解する中東和平や中東問題専門家。イスラエルや米国の勤務で培った人脈や知識知見、更には圧倒的な読書量に支えられた実務直結の識能は、日本で右に並ぶ者がいない。在米日本大使館勤務時は、米国務省やホワイトハウスの中東担当者や部長クラスまでもがその意見に耳を傾けたという逸話の持ち主。米国等からの絶えない旧知の来訪者を居酒屋でリラックスさせることも忘れない実戦派インテリジェンスの秘密兵器。静かに燃える好漢(らしい)。
●宮野理子さん:中・東欧州課首席
さわやかさと切れ味を失わない女性キャリヤ外交官。インド、欧州、湾岸諸国、地球環境、経済協力等々を通して外交官としてのインテリジェンス力を蓄え、一方で某県庁出向時は、長寿社会課で介護保健担当を勤めた懐の深さも備えている。また中央官庁で活躍する女性若手キャリアの代表として、後輩のための講師を依頼されることもしばしば。聴衆の感想は一様に「さわやかさと切れ味」。もちろん本ブログで紹介するぐらいだから「美人」さん(らしい)です。
チョット気軽に手が出る価格ではありませんし、2-3日で読める本でもありません。でもしっかり手元に置いて、時間をかけて読むに値する本です。
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インテリジェンス 機密から政策へ
(原題:Intelligence: From Secrets to Policy)
マーク・M・ローエンタール/著 茂田宏/監訳 出版社名 : 慶應義塾大学出版会
出版年月 : 2011年5月 ISBNコード : 978-4-7664-1826-2 (4-7664-1826-3)
税込価格 : 4,410円
序文
訳者まえがき
第1章 「インテリジェンス」とは何か
第2章 米国インテリジェンスの発展
第3章 米国インテリジェンス・コミュニティ
第4章 マクロ見地からのインテリジェンス・プロセス―誰が、何を、誰のために
第5章 収集と収集方法
第6章 分析
第7章 カウンターインテリジェンス
第8章 秘密工作
第9章 政策決定者の役割
第10章 監視と説明責任
第11章 インテリジェンスの課題―国民国家
第12章 インテリジェンスの課題―国境を越える問題
第13章 インテリジェンスをめぐる倫理的および道徳上の問題
第14章 インテリジェンス改革
第15章 諸外国のインテリジェンス機関(英国、中国、フランス、イスラエル、ロシア)