1月27日付のThe National Interest電子版で、クリスロファー・レイン(Christopher Layne)教授が「The (Almost) Triumph of Offshore Balancing」(オフショア・バランシングの勝利)と題する小論文を発表しています。
その小論文で同教授は、1月5日発表された新国防戦略(Defense Strategic Guidance (DSG))が、1997年から同教授が主張しているOffshore Balancing(OB)戦略の考え方を体現する第一歩であるとし、OB戦略「(おおむね)勝利」宣言をしています。
レイン教授は、ゲーツ前国防長官の名を冠したTexas A&M大学の安全保障講座の責任者(Robert M. Gates Chair in National Security)で、その主張はゲーツ前長官在任時の発言やCSBAレポートのAir-Sea Battleと方向を概ね同じくしています。
直感的には、レイン教授のOB戦略の流れを、軍事戦略面でシンクタンクCSBAのAir-Sea Battleコンセプトが具現化していると言ったイメージです。
例えば、昨年2月にゲーツ前長官は
「前:陸軍士官候補生へ最終講義」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-03-07-1
●最も可能性のあるハイエンドの紛争が生起したら、それは主に海軍と空軍が関与する交戦になるであろう現実に、陸軍は向き合うべきだ。
●仮に、アジアや中東やアフリカへ、大規模な地上部隊を派遣するよう大統領に進言する国防長官が将来現れたら、頭の検査を受けさせるべきだと個人的に思う。
・・・と陸軍士官学校で講演していますが、レイン教授の小論文はこの発言をOB戦略浸透の証拠として大きく引用しています。
レイン教授の情勢認識は単純化すると・・
●世界への覇権を謳歌した如何なる歴史上の国も、衰退は免れない。米国も同じ
●中東に足を突っ込みすぎ、そのプレゼンスから反感を買ってイスラムテロの標的になることから脱却すべき
●経済面で中国が世界第一の国になることは時間の問題。欧米に代わり、中国以外にもインド等を含め、アジアが繁栄の中心になる
種々派生があるOB戦略の中核原則を小論文は・・・
●財政及び経済的制約により、米軍は欧州及び中東の戦略を縮小し、東アジアに集中すべきである
●米国の相対的戦略優位は海及び空軍パワーに有り、地上戦のために陸上部隊を派遣することではない。従って米国は、マッキンダー(陸上パワー重視)ではなく、マハンの主張(海空重視)を求めるべき
●OB戦略は、「burden sharing」ではなく「burden shifting」を追求する戦略である。他国が安全保障のため、より多くを担い、米国はより少なく負担する
●米国の軍事及び政治的足跡を中東で減少することで、米国に向けられているイスラム過激派の活動を減らすことが出来き、ペルシャ湾岸からの石油輸送の安全確保は大部分海空軍パワーで担保可能となる
●米国は将来、イラクやアフガンで取り組んだような大規模国家建設を避けるべきであり、体制変換目的での戦闘行為も避けるべき
同教授の著書「幻想の平和」はOB戦略の狙いを・・
●将来ユーラシア大陸で起こるかもしれない大国間戦争からアメリカを隔離しておくこと、
●アメリカが「信頼性を守るための戦争」を戦ったり、従属する国家のために不必要な戦争を行わなければならなくなるのを避けること、
●アメリカ本土のテロリズムに対する脆弱性を減らすこと、
●国際システムにおけるアメリカの相対的なパワー・ポジションと、戦略的な行動の自由を最大化すること
レイン教授は、オバマ大統領やパネッタ国防長官は新国防戦略(DSG)で公式には表現していませんが、今後20年にわたる方針転換の初度の動きだと小論の中で述べています。
軍事戦略面で見れば、対中国と対イランを意識した海空が中心の対応策がCSBAによって示されており、同盟国への「burden shifting」についても、表現は軟らかくなっているモノの「共同訓練強化による相手国の能力強化」等の表現が、昨年のシャングリラ以降頻繁に米高官から聞かれます。
「対イランのAirSea Battle」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-01-26
「CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-18
「米国の姿勢シャングリラ」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-06-01
また、「幻想の平和」の訳者・奥山真司氏が「解説」で紹介しているパトリック・キャレット元海兵隊大佐が提案の「キャレット計画」は、ユーラシア大陸から離れて本平洋のオセアニア周辺海域から中国を牽制する、まさにOB戦略的な思考から生まれた考え方です。
同様な発想は米海軍大学教授のYoshihawa氏からも出されています。
↓ ↓ ↓
「米海軍は日本から豪へ移動」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-07-29-2
注目はレイン教授の中国と日本関連記述
(著書「幻想の平和」の記述より)
●「(米国は、)中国に対して過剰に敵対的な政策の実行を避けることになる。アジア最大で潜在的には最も強力な国家である中国が、地域で政治、軍事、経済面で今までよりも積極的な役割を求め、しかも東アジアにおける現在のアメリカの圧倒的な状態に挑戦しつつあるのはきわめて自然なことであると言えよう」
●「アメリカは日米安保条約を破棄し、独立した大国として日本が必要とする、いかなる軍事力の獲得──これには安全な報復核抑止力や、日本が海上輸送ルートや東・南シナ海の領土主権を守るために必要となる機動投射能力も含まれる──をも手助けすべきなのだ」
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レイン教授は1997年の論文(”From Preponderance to Offshore Balancing: America’s Future Grand Strategy” (International Security, 1997))でOB戦略論を展開し、米国の「縮小」「撤退」に適応した戦略を提起しており、その先見性を「Triumph(大勝利)」と自ら讃えたい思いは十分に理解できます。
ただ、OB戦略論に基づいて政策が進められていると言うよりも、国際情勢や経済情勢を背景としてそのような方向に向き始めた段階であり、日米同盟破棄やユーラシアでの戦い放棄にまで至るかは現時点で誰も分かりません。
結果として、見えつつある方向性を概観すれば、OB戦略論的整理が理解しやすい・・と言った印象です。ゲーツ前長官との関係が気になりますが・・・
また、種々婉曲的な表現が多い米国防政策を「In plain English, no more Eurasian land wars」とずばり解説する等の分かりやすさは、OB戦略論の有り難いところです。
日本の識者の中に、OB戦略論とAir-Sea Battleを対極的に見る視点があるようですが、レイン教授の視点ではないと思います。
日本としては、普天間撤去論や沖縄問題やF-X問題や田中真紀子の旦那問題に矮小化した安保議論から目を覚ます契機として活用したい戦略論です。
「1/2米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28
「2/2米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28-1
「補足米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28-2
「概観:米戦略から普天間」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-12