波及効果(スピルオーバー)かハイブリッド攻撃かの判断が必要
ジュネーブ条約に沿った見極めが適当なのか?
東欧や北欧諸国での事例でケーススタディー
7月13日付共同通信が、世界の紛争地周辺で GPSなど衛星利用測位システムへの妨害が深刻化し、民間機が航路を外れたり、着陸できなかったりする事案や、地図アプリの不具合など近隣国の市民生活にも支障が出ていると取り上げ、トルコの首都アンカラや黒海沿岸、エジプトのシナイ半島、ミャンマーの国境付近では少なくとも過去半年間、GPS が不安定な状態が続いていると報じています。(注・・・中東シリア周辺では10年以上も)
また、原因は軍事拠点を無人機やミサイル攻撃から守るための紛争当事国による局地的な妨害行為であるが、ロシアのウクライナ侵攻やイスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘開始以降に妨害が急増し、例えばFT 紙は今年4月だけで民間機も3万機が誤誘導を狙った妨害電波(スプーフィング)の影響を受けたと報じている模様です。
以下では、7月10日付米空軍協会 web 記事が掲載した、ロシアが発信源のGPS妨害電波により、バルト 3国や北欧・東欧諸国が影響を受けている状況と、その法的な解釈についてご紹介し、本問題への対処の難しさを考える機会としたいと思います
バルト 3国や北欧・東欧諸国が影響を受けている現状
●ロシア領内の地上から発言されたGPSと同周波数の強力な電波信号により、エストニア第2の規模のタルトゥ空港が閉鎖に追い込まれたり、民間航空機が迂回を余儀なくされる事態が、ラトビアとリトアニアの一部、バルト海を挟んだフィンランドとスウェーデン、さらには遠くはポーランドとドイツにも及んでいる
●分析によれば、妨害電波はラトビアとポーランドに挟まれたバルト海沿岸の港湾飛び地力 リーニングラードを含むロシア領内の地上 3か所から発信されている
●エストニア外相はこの妨害を、同国へのサイバー攻撃、同国内での倉庫や造船所での謎の火災など、NATO軍事行動を発動する第5条の基準にギリギリ抵触しない、ロシアによる「グレーゾーン」なハイブリッド戦争の一部だと非難し、スウェーデンとリトアニアの当局者も同じ立場で主張をしている
ロシアの周辺への GPS妨害は攻撃行為か?
●欧州の非政府系組織ハイブリッド CoE(ヘルシンキ所在のハイブリッド脅威対策研究センター)は、この妨害は、ロシアが自国軍や発電所など重要施設へのウクライナのGPS 誘導ドローン攻撃を阻止するために発信している妨害電波による波及効果(スピルオーバー)の可能性が高く、周辺の民航機や空港に危害を加える戦略的意図を持ったものではないことから、ハイブリット攻撃とは言えないとの見解を示している
●この見方については、米サイバー軍法務幹部を務めた軍事弁護士のサンガー退役海兵隊中佐など他の専門家も、ロシアの妨害が周辺国の地上に影響を与えていないことや、ロシアにとって GPSを使用するウクライナ軍は合法的な標的であることから、ハイブリット攻撃ではなく波及効果(スピルオーバー)で、ジュネーブ条約違反とは言い難いとみている
●ただ、NATO幹部は西側専門家の見解に理解を示しつつも、「ロシアの不注意な妨害活動」や「波及効果(スピルオーバー)に対する西側とは全く異なる無責任な判断基準」が、1日平均 350便の民間航空便に影響を与え、安全上のリスクとなっている現状を強く懸念し、米国や西側諸国は一般に、国際法で定められた基準よりも高い基準を自らに課していると主張している
ジュネーブ条約による解釈への疑問
●ジュネーブ条約は一般的に、戦闘員に対し、軍事攻撃や作戦が非戦闘員に与える影響が、それによって得られる軍事的利益よりも大きいかどうか、比較検討するよう義務付けている。バルト海周辺地域で見られたGPS妨害は、直接的な人命損失や財産の破壊を引き起こしていないため、たとえ経済的損失が深刻であったとしても、ジュネーブ条約に抵触しない可能性が高い
●ただ米国関係者は、エストニアで 2番目に大きな空港が閉鎖に追い込まれた事態を取り上げ、「ポストンやロサンゼルス国際空港が1か月閉鎖に追い込まれて、それを現代社会において波及効果(スピルオーバー)として見過ごすことができるだろうか」と強い疑問を投げかけている。
●別の専門家は、サイバー攻撃による被害と反撃強度の判断と同様に、グレーゾーン活動に付随する対応措置列度レベル判断の難しさを示す典型的な例だとし、GPS妨害について、いつ、どのようにハイブリッド活動だと特定するかの問題は、関連の対応も含め政治的リーダーシップの役割が最重要になると述べている。
/////////////////////////////////////////////
ここで議論の土台となっているジュネーブ条約など、戦争や紛争を議論する基礎となってきた基準が、現代の紛争議論に必ずしも適さなくなってきたことを示す、更なる事例ということでしょう
ところで、本題からは離れますが、冒頭でご紹介した共同通信による「世界の紛争地周辺でGPS妨害が深刻化」との記事は、ロシアやイスラム過激派によるGPS妨害活動が原因であることに全く触れておらず、共同通信の「中国や過激派(日本共産党を含む)に寄り添う」姿勢を明確に示している点でも興味深く、いわゆる草です
GPS 妨害に備えて
「妨害に強いGPS衛星開発」→https://holylandtokyo.com/2024/02/25/5571/
「米陸軍の妨害対処 GPS機器が高評価」→https://holylandtokyo.com/2024/02/21/5559/
「GPS妨害に備え地磁気航法」→https://holylandtokyo.com/2023/06/13/4731/
「陸軍兵士がGPS なし訓練に苦労」→https://holylandtokyo.com/2022/12/22/4077/