飯塚恵子著「ドキュメント誘導工作」を読む

SNS使用の世論操作からサイバー戦までを包含
豊富な事例と専門家へのインタビューで平易に解説
非常に示唆に富む日本に欠けた視点を提供
iiduka.jpg6月10日に中公新書ラクレから出版された、読売新聞の飯塚恵子さん(欧州駐在編集委員)による「ドキュメント誘導工作」を読んでおります。
米国で大規模な捜査が行われた2016年大統領選挙や英国のEU離脱国民投票へのロシアの関与と、その背景にある心理学とビックデータ解析を活用したSNSを通じた新手の大衆心理操作技術を皮切りとして、様々なタイプの「influence operation::誘導工作」事例をサイバー戦やAI技術を絡めて取り上げ、関係者への豊富なインタビューも交えて紹介した新書です
著者の飯塚さんは、早くから政治部記者として外務省や防衛庁や沖縄を担当し、フレッチャースクールやブルッキングス研究所で修士課程や研究員生活を経験した安全保障に明るい人材で、政治部デスク、アメリカ総局長、国際部長など新聞の要職を歴任した読売新聞の大黒柱的存在で、2017年からロンドンで現職についておられます
約300ページからなる新書ですが、そこに描かれている最新の「誘導工作」情勢は、のほほんと日本で暮らすまんぐーすには「震撼もの」で、終了したばかりの参院選や韓国への3品目輸出管理強化を発端とする各種報道やネット情報の動きを見ながら、空恐ろしいものを感じている今日この頃です
iiduka6.jpgさすがに新聞記者の筆によるだけあって、ITやSNSやサイバー研究者の説明にありがちな、難しい専門用語や略号の乱発による難解さはほとんどなく、専門知識がない一般読者を意識した丁寧な構成となっており、事例や専門家へのインタビューをうまく組み合わせて飽きさせない工夫や配慮が感じられる書籍となっています
一方で、下の目次からご想像頂けるように、内容は豊富で新書サイズからあふれ出そうな印象です。それも2014年のロシアによるクリミア併合以降の事象が中心で、春に調査報告書が出たばかりの2016年米大統領選挙関連の事例など、日本で知られていない報じられない事項ばかりで、直ぐに「おなかがいっぱい」になる内容の濃さです
目次から内容を想像頂きたいのですが・・・
第1章 英国の国民投票、米大統領選挙で起きたこと
第2章 誘導工作とは何か
第3章 ロシアの脅威
第4章 反撃に出た西側社会
第5章 中国の脅威
第6章 狙われる日本
第7章 次の試練 欧州議会選
以下では、本書の第1~2章の中から、幾つかの個所をピックアップし、皆様のご参考に供します
iiduka3.jpg2019年2月18日、英国のEU離脱国民投票における情報操作や世論誘導が行われたか等を調査した英下院の報告書が発表されたが、この報告書が憂鬱なのは、民主主義に対するこの種の攻撃の特効薬が、当面見つかりそうもない、ということが報告書からじわじわ伝わってくるからだ
●なおこの最終報告には、2018年8月の中間報告書へのアクセスについて、6割が海外からの閲覧アクセスだったが、その半数がロシアだったことが興味深いと記されている
心理学者は、人の人格を5つの特性、誠実性、外向性、協調性、神経症傾向、開放性から推定できると突き止めていたが、研究のための膨大なデータをどう集めるかが課題だった。しかしケンブリッジ大の学生がFacebook用の性格診断アプリを作成したところ、予想に反して数百万規模のデータが集まってしまい、様々なFacebook上の行動とその人の特性に関する分析が可能になった
●この学生の学部の教員がこの話を聞きつけ、米大統領選挙や英EU離脱国民投票で世論誘導をリードした、CA(ケンブリッジ・アナリティカ)に情報を横流しし、FacebookはCAに8700万人分の利用者データを売ったなおこの教官はロシアの大学を通じ、ロシア政府から研究助成金を受け取っていた
iiduka5.jpg8700万名もの個人に関するビックデータにロシアがアクセスし、米大統領選挙や英EU離脱国民投票に際し、世論誘導や攪乱に悪用したのではないかとの疑惑がある。CAは会社として既に解散したが、務めていた技術者は似たような別の企業に移り、何事もなかったように活動している
●2017年まで英国の政府通信本部GCHQの長官を務め、1万人以上を率いて情報収集を行っていたハニンガムは、「今、私たちにかけているのは、地政学や戦略と、サイバーやIT分野の両方に詳しい人材なんです」とRUSIでの講演で訴えた
●「誘導工作」の2つのタイプ。一つは中長期的な時間軸の世界で、世論操作や選挙介入を起こすタイプ。もう一つは瞬間的な事象で、ハッキングやウイルス感染等で、インフラに障害を与えたり、イベントを混乱させたりするタイプである
●誘導工作を含むハイブリット攻撃への対策の第一歩は、自らの社会の「脆弱ポイント」を把握することで、例えば、地理的な近さ、政治・経済・宗教・文化などを巡る対立や論争、SNS依存による世論の分極化、エネルギーなど資源の外国への依存などが、脆弱ポイントになる
iiduka4.jpg中国はロシアより、更に幅広く、組織的、長期的視野でやっているように見える。「一帯一路」構想など典型である。しかし現時点では、中国がビックデータをもとに、どの様に国際的影響力を行使しようとしているのか、西側でははっきり理解できていないのではないか
対策が進んでいる国はどこか? 英国はかなり進んでいる。各省庁の連携が緊密だ。官僚に対する教育も充実している。一方、ドイツやフランスは始めたばかりだ。対策面では、ロシアと対峙している東欧の国の方がかなり充実している
以上はあくまでも、第1~2章のほんの一部です・・
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飯塚恵子さんとは、10年ぐらい前に初対面で立ち話程度のお話ししたことがありますが、自分のことではなく、行動を共にされていた部下をよろしくお願いします・・・とお話をされていたことが印象的な方でした
そりゃそうですよね・・・そうでないと男社会の新聞社で、政治部デスク、アメリカ総局長、国際部長なんか勤まりませんよ
まんぐーすも現在読書中ですが、「ドキュメント誘導工作」(中公新書ラクレ 820円税別)と、飯塚恵子さんをお勧めいたします

飯塚さん関与と邪推する読売「日本への提言」シリーズ
「ルトワックが日本に中韓関係を助言」→https://holyland.blog.so-net.ne.jp/2014-03-17
「CSBAがエアシーバトル最新状況を」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2014-03-15
「ヨシハラ教授:日本もA2AD戦略を」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2014-03-19
書籍のご紹介記事
「究極のインテリジェンス教科書」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-05-22
「将官OBが政治と軍事の関係を」→https://holyland.blog.so-net.ne.jp/2017-11-19
「司馬遼太郎で学ぶ日本軍事の弱点」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2017-10-01
「イスラエル起業大国の秘密」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-06-20

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