5日マティス国防長官は記者団に対し、4日に米国務省が発表したパキスタンへの軍事援助約2200億円をカットに関し発言し、アフガンに駐留する米軍への補給ルートが絶たれることはないだろうと希望的観測を述べました
米国とパキスタンの関係は、パキスタン側が米国に対して持つ「恩讐」とも言える不信感に根付く複雑なものです。
1970年代にソ連がアフガニスタンに侵攻し、それへの対処のため米国はパキスタンに接近しましたが、ソ連が撤退後、アフガン国内が混乱してパキスタンが大きな負の影響を受ける中、米国はあっさりパキスタンを見捨てて去っていきます
911事案を受けてアフガンでの軍事行動を始めた米国は、補給ルートの確保や過激派がパキスタンに逃げ込むことを防止するため、再びパキスタンに接近します。
しかしソ連のアフガン侵攻がらみで米国に道具として利用され、簡単に見捨てられた根強い恨みを持つパキスタンは、もみ手でやってきた米高官に罵声を浴びせます
オバマ政権誕生直後の国務長官であったクリントン女史は、関係改善のためパキスタンを訪問しますが、反米感情の激しさに驚かされ、帰国後ゲーツ国防長官にその様子を伝えます
ゲーツ長官は2010年1月にパキスタンを訪問し、パキスタンで大きな力を持つ軍幹部との非公開討論会を設けますが、外交上あり得ないほどの「馬事雑言」を浴び、「例外的な寛容さ」を発揮して対応したと米報道官が説明したほどでした
「パキスタン国防大学で罵倒される」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-01-23
でも同年8月にパキスタン関係についてゲーツ長官は
→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-08-15
●我々は、ソ連がアフガニスタンから撤退するのを見届けると、パキスタンに背を向けるように振る舞い、そして課題を抱えたままのパキスタンを置き去りにした。我々は「信頼感の負債」を積み上げた責めを負わなければならない。
●1989年にアフガンにも背を向け、私がCIA長官であった時期にパキスタンの核開発もあり1992年にパキスタンとの国交を断った。
●今パキスタン政府は、米国が再びパキスタンを裏切るのではないかと懸念している。我々はこの「信頼感の負債」を減らす努力を続けている。
●パキスタンは今、14万の兵士を動員してアフガン国境沿いのテロ組織と戦っている。我々に必要なのは、米国がパキスタンと長期的で安定な戦略的パートナー関係を構築しようとしている点をパキスタンの人々に確信してもらうことである。
・・・と語り、アフガン作戦成功のため、両国の関係改善のため取り組みを継続する講演で語っています
その後も米はパキスタンとの関係改善を目指し、対テロ装備の提供や資金援助、両国高官の相互訪問による対話、パキスタン国内自然災害への支援等々を続けたわけですが、ビンラディンはパキスタン国内の隠れ家で発見殺害され、パキスタン北西部がアフガン過激派の温床となっていることも次第に明らかになってきます
そしてトランプ政権誕生後、昨年8月に包括的なアフガン政策見直しが発表されますが、対パキスタン政策は大きな結節点を迎えます。
8月の新アフガン政策発表会見でトランプ大統領は
「米国が戦っているテロリストをパキスタンがかくまう中、我々米国はパキスタンに対し多額の援助を行ってきた。しかし変化の時が来ている。直ちに変えなければならない」と明言し、
そして2018年元日最初のツイートでトランプ大統領は
「パキスタンは嘘つきの詐欺師だ。米国がアフガンで追跡しているテロリストに、パキスタンは隠れ家を与え、米国を助けようなどとはほとんど考えていない。もうたくさんだ・・・」と発信し、
その後4日に米国務省がパキスタンへの軍事援助約2200億円をカットを発表したわけです。米政権幹部によれば、カットした約2200億円には約1000億円の軍事援助や、900億円の対テロ作戦支援費が含まれるということです
国務省の声明は、「パキスタン政府に対し、パキスタン領内から活動する過激派(Haqqani Network and the Taliban等に)に断固たる対応をとるように圧力をかけるため」と理由を説明しています。
しかし、アフガンの現場に大規模な兵力を派遣し、パキスタンとの関係悪化が前線への補給やアフガン治安に直結するマティス国防長官の立場は複雑です。
5日付Defense-News記事によれば
●5日パキスタン政府は、これまで同国が大きの犠牲を払って対テロ作戦を行ってきたことを強調し、併せて米国の支援中止決定により、米国の作戦が影響を受ける可能性を排除しなかった
●同日マティス国防長官は記者団に対し、より慎重に対応するとの姿勢を見せ、パキスタンが対テロに取り組んでいることを認めつつ、パキスタンの姿勢に変化があれば米国からの援助を再開する可能性があることも示唆した
●そしてマティス長官は記者団に、「多くの皆さんがご存知のように、パキスタンは全ての多国籍軍の犠牲者よりも多くの犠牲を払って対テロに取り組んでいる。」と表現した
●更に長官は、「国務省声明の文言を見ればわかるように、米国はパキスタンと協議を続けている。米国よりもパキスタンに対する脅威が大きい過激派対策に、パキスタン側の劇的な動きがあれば、援助再開もある」と慎重に語った
●また長官は「アフガン駐留米軍への食糧や物資を輸送する地上ルートGLOCに対し、何らかの影響があるとのサインはパキスタン政府から受け取っていない」、「GLOCの代替ルートも米国は保有しておいる。空輸などで、はるかに高価な輸送手段であるが」とも語った
●そして4日の米国務省の発表は、(昨年8月発表の)新アフガン戦力に沿ったものであることを強調し、「全ては一つの戦略に基づいて総合的に推進されているものである」、「もちろん同時に、相互の協議も継続していく」と補足した
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少しパキスタンよりな書き方になってしまいましたが、パキスタン国内も様々な勢力がうごめき、特に同国北西部は多部族が入り乱れ、中央政府の統治が聞かない地域であることも確かです。
米国の援助中断の「脅し」が、効果的な手段なのかどうかも不明です。
しかし、マティス長官が懸命に「戦略に基づいてやっているのだ」と強調すればするほど、トランプの勢いで決まった方針のような気がしてなりません。
そしてその判断が、現場兵士の命を案ずる国防長官に、重い課題を投げかけていると心配せずにはおれません
米国とパキスタン関係を振り返る記事
「パキスタンで罵倒される」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-01-23
「茂田宏が語る米パを語る」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-03-30
「米のパキスタン援助」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-02-17
「パキスタンとの関係を語る」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-08-15