「米軍の電子戦を荒野から連れ戻す」

EW1.jpg6月号の米空軍協会機関誌が「電子戦を荒野から引き戻す:Leading EW Out of The Wilderness」との記事を掲載し、米空軍のみならず米軍全体として、電子戦分野で「1世代の間、適切な投資ペースを保てなかった」、「(中国やロシア等)Black worldには多数の電子戦プロジェクトが存在し、米国の優位は不明確」だと現状に警鐘を鳴らしています。
そして「電子戦EWの定義さえも不明確」、「十分な能力を保有しているのかを語れる者がいない」、「誰が全体を把握し、事業を統括するのかも不明」、そして充実な必要だが「何を犠牲にして取り組むかが常に問いになっている」と問題の所在を表現しています
事柄の性質上、細部に言及はありませんが、Work副長官がリードして様々な検討を開始している様子も紹介しています。ただ、予算確保が難しい中で、サイバーやステルスも電子戦とするのか等、入り口論で混乱している印象で、エスコート型電子戦専門機の復活はなどの、具体的話にはまだまだ結びつきそうもありません
ただ、先日発表された「Air Superiority 2030 plan」議論を待ってからとの米空軍幹部の発言もある事から、そろそろ動き出すのかも知れません。十分に遅いと思いますが・・・
米空軍と電子戦機の歴史と現在
EW2.jpg●90年代後半まで、米空軍は多数の電子戦機を保有していた
ベトナム戦争当時はEB-66 Destroyerが攻撃機編隊をエスコートし、F-105GのWild Weasel部隊も、同戦争で「Shrike」や「Standard」対レーダーミサイルを使用した戦いを行った
1991年の湾岸戦争では、F-4GでWild Weasel部隊を構成し、より高速のHARMで敵レーダー等が攻撃を回避できない作戦を行った。
●その後はEF-111がエスコート型電子戦機として運用されたが、米空軍はステルス機の出現により後継のエスコート型電子戦機を設けず現在はEC-130H Compass Callがメインの電子戦アセットである
●EC-130Hは、通信妨害、レーダー妨害、データ通信妨害、航法援助施設妨害などの能力がある。スタンドオフ電子戦機で、敵通信を傍受して味方の地上部隊に警報を発したり、敵の攻撃行動を電子妨害で粉砕したりできる。これら能力は4基のエンジンを備え、発電容量が大きいC-130ならではである
電子戦の技術進歩はめまぐるしく、EC-130の場合、1.5年から4年程度の間隔で根本的能力向上を行っており、デジタル操縦席になるなど、膨大な新規能力を提供している
●大規模な近代化改修の合間にも、「Big Safari」と呼ばれる米空軍省組織の監督の下、「Quick Reaction Capabilities:緊急能力向上対処」を迅速に行う体制になっている
EA-6B 2.jpg空母艦載機で4人乗りのEA-6B Prowlerが最近まで海軍や海兵隊のエスコート型電子戦機で、EF-111以降の電子戦機持たない米空軍は、電子戦幹部をEA-6Bに同乗させてもらって作戦支援を受けていた
海兵隊は現在でもEA-6Bを保有しているが、海軍はFA-18を電子戦機にした2人乗りのEA-18G Growlerに機種更新した
●2015年9月、米空軍は米海軍と協定を結び、数名の米空軍電子戦士官が交換幹部としてEA-18Gに搭乗する事で合意した(米空軍内で途絶えてしまいそうな、戦場全体の電子戦を考える士官の維持が目的
●F-22やF-35、そして一部のF-15は、空中戦における敵の発見追尾だけで無く、通信や妨害、欺まんなどが可能なAESAレーダーを装備しており、更にF-22とF-35は、米空軍は細部に触れたくないようだが、機体表面に電子戦機能も持ったアンテナを装着している
●一方で、F-22やF-35のように全てを備えた機体と、それ以外の戦闘機の能力差を埋めることは複雑なパズルであり、米空軍はA-10、F-16、C-130等の搭載電子戦機器からALQ-130ポッドまでの改修や更新を迫られている。
米軍の将来に向けた動き
EA-18G-Aust.jpg●米空軍は2016年度予算要求で、空軍全体の近代化予算を捻出するため、15機保有しているEC-130のうち、7機を退役させる案を提出したが、議会はこの案を却下した
EC-130は911同時多発テロ以降、中東地域の13カ所に継続的に展開を行っており、作戦投入率が極めて高い部隊となっていることから議会が強く反対したのだ
●米空軍側は、電子戦能力においてEC-130と同等か凌ぐ能力を持つF-35の導入を加速したいと考えている。
●F-35製造のロッキード社はF-35の電子戦能力に言及する際、海兵隊は電子戦用ポッドを付加しない状態の通常F-35を、EA-6B後継に据える計画だと宣伝している
米海軍はEA-18Gを電子戦の第一兵器と見なしており、2016年4月、レイセオン社と約1100億円の次世代電子戦装備の開発契約を結んだ。これはEA-18Gが装備しているALQ-99の後継機を開発するものである
●一方米空軍は昨年秋、電子戦機とは明確にはしていないが、軍需産業界に電子装備を大量に搭載するビジネスジェット型の軍用機に関するアイディアを募っており、企業関係者は電子戦専用機意識した動きではないかと推測している
●専門家の中には、米空軍が電子情報収集と電子攻撃任務を分けて考えようとしていることが、電子戦への取り組みを逆に難しくしているのではないかと考える者もいる
米国防省レベルの動き
work2.jpg2015年末、国防省の科学諮問会議が、米軍は情報戦優位であることに依存しているが、電子戦分野での欠陥によりその優位が著しく損なわれており、もっと電子戦に投資するよう促す報告をした。そこには「もっと攻撃に」、「EWの統治体制を構築せよ」と記されていた
●これを受けてWork副長官は、軍種横断的に戦術・作戦レベルでの電子戦能力の融合を検討する「ExCom:EW Executive Committee」を立ち上げ、ケンドール次官やSelva統合参謀副議長とともに委員会をリードし始めた
●しかし副長官も、サイバーや宇宙や核兵器運用のように、全体を統括する者がいない横断的な課題だと認識しており、「十分な能力を保有しているのかを語れる者がいない」と語っている
●「ExCom」は副長官に必要な状況報告を行うが、副長官は「我々には多くやるべきことがある。我々の敵対者は我のネットワークの弱さを認識し、真に多額に資金をEWやサイバーに投入している」と現状をとらえている
●更に副長官は「Cyber Investment Board」を立ちあげ、分析結果を反映しようとしている。EWと類似の分野であり、両分野で行うことが多くあると語っている
シンクタンク研究者の提言
Electronic Warfare.jpgCSBAはレポート「Winning the Airwaves」で、定義や名称段階で混迷している米軍の電子戦分野を、電子攻撃やESMやサイバー等を包含した用語として「EMS:electromagnetic spectrum」ドメインとして定義することを提言し、利用可能な先端技術を投入して劇的にEMSで優位を獲得すべきと主張している
●「1世代の間、適切な投資ペースを保てなかった」、「(中国やロシア等)Black worldには多数の電子戦プロジェクトが存在し、米国の優位は不明確」だとの危機感を訴えている
●対策の方向性としてCSBAは、「低出力」の対抗兵器や「低被発見確率」のセンサーや通信技術の確立による飛躍を求めている
●例えば、周辺に既に存在するTVやラジオ電波や太陽光や太陽波を使用し、新たに電波を出すことを不要にする手法や、低出力の兵器で敵に存在を知られない工夫を推奨している
AESAレーダーのように「all-in-one」が望まれ、小型で低価格であることも求められる。これら装備を米軍内で共有することでEMSを自然に性格付けできる
誰が米軍内の電子戦EWの「クォーターバック」になるかに関して具体的な意見はなかったが、全体を束ねる部署やポストの必要性は専門家やOBが皆主張している
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2012年9月の記事(http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-09-08)と比べても、電子戦分野にほとんど進展が見られないことが分かります。
もちろんMALDやMALD-Jが前線配備されていても、すごい電子戦能力を持つ(らしい)F-35計画が進展していても、15年にも及ぶ本格的な電子戦を意識しなくて済むイラクやアフガンの戦いは、敵から妨害を受ける意識を消し去っているからです
2012年9月の記事より
(米海軍EA-18G部隊の連絡幹部として勤務する米空軍士官が、米海軍での経験談を米空軍部隊内でレクチャーした際の感想
CyberPolicy2.jpg●冒頭で空母への着艦の難しさや海軍と空軍飛行部隊の違いを話すと雰囲気が和むが、話が本題に入ると、本格的な電子戦の話に一般の空軍運用者が追随できないことに衝撃を受ける。
●一般の空軍操縦者にとっては、電子戦と言えば自己防御であり、装備と言えば電子戦用のポッド思い浮かぶだけなのだ。
●我々は総合的に戦場全体の電子戦環境を議論しようとするが、その認識が米空軍内で希薄化していることを懸念する。過去10年の戦いや電子戦を意識しなくてもよかった相手が今後も続けば問題ないが・・・。
自己機を守るだけの発想から、敵のSAMが発射機から飛び出さない環境を作為したり、敵の指揮統制や通信を妨げたりといった総合的な電子戦環境を考える人材を育てたい
ステルス機の発達の中でも、我々へのニーズはむしろ増大している。我々が行う教育や訓練課程を修了した者達はいまや引っ張りだこである。
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米陸軍は更に危機感が強烈です
Hodges6.jpgロシアによるウクライナ侵攻を受け、ウクライナ軍の支援に派遣された米陸軍は、ロシア軍の電子戦能力に圧倒されます
元米陸軍電子戦幹部は米軍の能力を評し、「電子戦に関して、米軍はロシア軍の1/10も出来ない」と語っています
また欧州米陸軍司令官も、ロシア軍の電子戦能力を「涙が出るほど」凄いと評し、更にそれに対峙するウクライナ軍について、装備は不十分でも、電子妨害を受けた際の基本的対処要領が部隊に徹底されており、米軍は足元にも及ばないと認めざるを得ない状況です
「露軍の電子戦に驚く米軍」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-08-03-1
「ウクライナで学ぶ米陸軍」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-04-02 
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米空軍協会機関誌は、米空軍応援雑誌であり、米軍需産業の応援団でもあります。よって、軍の能力不足を指摘して予算獲得を訴える傾向があります。
そのような前提をおいても、米空軍がステルスに頼り切り、電子戦を疎かにしてきた「ツケ」が回ってきた現状を感じていただけると思います
F-35two.jpg下の過去記事「ステルス機VS電子戦攻撃機」からもわかるように、海空軍間の電子戦感覚にはズレがあり、本当に対中国の統合作戦ができるのか、東シナ海上空の戦いがどうなるのか心配です。
そして、開けてみたら「偶然電子戦装備も付いてくることが判明した」F-35の導入により、なんとなく対策ができたと、周辺の装備やサポート体制が皆無に近いのに、再び電子戦「白痴状態」に陥っている「日本空軍」はもっと心配です・・・
その他の関連記事
「ステルス機VS電子戦攻撃機」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2014-04-22
「E-2Dはステルス機が見える?」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2014-06-12
「EA-18Gで空軍の電子戦を担う」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-09-08
「空軍用に海軍電子戦機が」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-07-09
「緊縮耐乏の電子戦部隊」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-01-29-1
「MALDが作戦可能体制に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-08-29-1
「電波情報収集RC-135」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-01-09
「心理戦用EC-130」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-11-15

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