「脅威の変化」を体に叩き込む

本日はまんぐーすのつぶやきです
最近、尖閣問題を巡って「日中海軍が戦わば」とか「尖閣軍事衝突のシナリオ」といったマスコミ報道をよく目にします。
しかしそのどれもが旧態然とした軍事的視点から述べられており、唖然とするばかりなので、本日は少し脅威の変化についてコメントさせていただきます
「日中海軍が戦わば」とか「尖閣軍事衝突のシナリオ」の作成者は、時に米国の識者だったり、日本の軍事専門家だったりするのですが、そのアプローチや視点が、冷戦当時の旧態然とした軍事的考え方を元に構成されているような気がしてなりません
両国海軍艦艇の大砲やミサイルの射程や破壊力を比較したり、総トン数を比べたり、ちょっと高齢の識者になると「制空権」が重要だと「上から目線で」語ってみたり・・・
兵器技術の非対称戦法の拡散を言葉の上では理解していても、体に染み込んでいない・・・又は旧態然とした考え方から抜け出ていない気がしてなりません
そんな方にはまずこの論文をご紹介
●今や潜在的敵対国は全て、米国と通常戦の手法で正面から対峙するのは得策ではないと学んだ。・・・潜在敵国は、米国に対して戦闘機や空母等の軍備拡張競争を挑み、破産する道を選ぶだろうか
●中国のような国を考える時、対称的な脅威、つまり戦闘機VS戦闘機、艦艇VS艦艇の様な挑戦を米国はさほど懸念する必要はない。
●しかし中国のサイバー、対衛星、対艦兵器、ミサイルへの投資は、米軍の戦力投射力や同盟国の能力を脅かす。特に前線海外基地と空母機動部隊に対して
「Balanced Strategy再確認」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-11-27
上記は、現在の米国防省や米軍諸改革の根本を形作ったゲーツ前国防長官の論文の一節ですが、イラクやアフガンで対ゲリラ戦のような活動に10年以上集中していた米軍等西側軍の弱点を、容易に入手できるようになった近代軍事技術を利用し、非対称の戦法で突こうとしているのが中国やイランでしょう
日本のメディアは、中国の最新戦闘機J-20や空母遼寧の話題ばかりを取り上げますが、これも「戦闘機VS戦闘機、艦艇VS艦艇」の旧来思考の視点で軍事を捉えようとする、又は一般大衆受け(視聴率狙い)のアプローチであり、戦いの本質とは異なります
また厄介なのは、海空自衛隊(そのOBを中心に)が偏狭な組織防衛のために中国の最新戦闘機J-20や空母遼寧の脅威を声高に主張し、亡国のF-35導入や海自予算獲得を正当化しようとプロパガンダを行っている点です。
典型的な反面教師例が以下の雑誌記事
「なぜ空自にステルス機が必要?」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2009-11-26-1
しかし、中国軍事力の脅威について欧米の専門家集団の視点は異なります
まず最初は米国防省発表の「中国の軍事力2013」
●中国が力点を置いている分野は「高列度紛争に短期間で勝利」、「短・中距離弾道ミサイル、対地対艦巡航ミサイル、宇宙兵器、軍事サイバー空間能力に焦点」
米国防省「中国の軍事力2013年」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-05-08
例えば、ミリタリーバランス2012で英IISSは、
●J-20や空母試験に注目が集まっているが誇大な評価だ。警鐘者が主張するより、中国の技術進歩はむしろ控えめである。J-20や空母の能力はたかが知れている。しかし、中国の対衛星兵器、対艦弾道ミサイル、巡航ミサイル、サイバー戦能力開発は、他国の国防関係者の頭から離れない
「IISSミリバラ中国脅威は」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-03-08
また、米空軍からの研究資金でレポートをまとめたRANDは
●中国空軍は、米国の航空優勢獲得能力の優越を良く認識しており、米軍等航空戦力や指揮統制システムを地上で破壊して局所的な優位を獲得しようとしている。
「RANDが中国空軍戦略を」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-03-29
中国海軍の権威として知られる米海軍大学研究者は
●中国海軍の教科書や文献調査から、中国海軍は自身の海戦史をよく学び、結果として海軍版のゲリラ戦法を重視していることが明らかになってきた。中国海軍は、遠洋海軍建造よりも近海地域での非対称戦に力点を置いている
「中国海軍はゲリラ戦」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-09-29
中国空軍の権威としてCIA長官賞を受容した研究者は
●在沖縄や在グアム米空軍アセットへの最大の脅威は、中国空軍からのモノではなく、弾道ミサイルからの脅威である
「中国空軍は脅威なのか?」→→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-05-07
海軍情報部長など米軍高官も
●J-20は中国の装備開発が想像以上に進んでいることを示した。しかし空母と共に、それらを運用するにはまだまだ長期間を要するだろう。それよりも我々は、中国のサイバー戦や宇宙関連技術等(の非対称な能力)を警戒している。
「海軍高官の懸念」→http://www.afpbb.com/article/politics/2781770/6633582
「空軍へ最後通牒」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2009-09-17
4大政策シンクタンクによる国防省への提言
●中国やイランを見習って米国もA2ADの考えを導入すべき。戦闘機や攻撃機の削減は共通の結論。4チームともミサイルや誘導兵器への投資を推進
「4大シンクタンクの国防改革案」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-05-30
有識者間で最も信頼されるシンクタンクCNASも
●米国はまず西太平洋地域、次に中東地域での戦いを念頭に資源配分を考えるべき。これら2つの地域の特性を考えれば、海軍及び空軍アセットへの投資が地上部隊より必要になるのは自然な帰結。空母やF-35の調達数削減も当然の帰結
「空母とF-35を削減せよ」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-03-14
「CNAS米軍改革案」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-05-27
「海空軍を重視せよ」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-10-10
「バランスのとれた軍を」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-04-09
上記の中国軍事戦略を前提として考えられたのが2010QDRであり、その中で検討することが示されたのがAir-Sea Battle Conceptです
●中国は通常戦力で米軍等と正面から対峙しようなどとは考えていない。初動で弾道・巡航ミサイル、サイバー・宇宙兵器を多用し、米国等の作戦実施基盤を運用不能に。
●Air-Sea Battleのエッセンスは、中国の大規模な先制攻撃に耐え、その影響力を和らげ、中国の拒否戦略・接近拒否(A2AD)システムを盲目化することでA2AD力を弱体化し、作戦全体の主導を握ることで後の作戦への足場を確保することにあり。
「QDRから日本は何を読み取るべき」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-02-07
「CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-18
「1/2米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28
「2/2米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28-1
●ただ一方で、「米海空軍の配備やドクトリンに関し、Air-Sea Battleほど強い影響を与えつつあるコンセプトは他になく、(同時に)今後重要な構想で、これほど固くガードされているものはない」のが現状です→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2120
このような脅威認識の下、また財政的制約の中、米国防省や米軍は・・・
●長距離・ステルス・無人・サイバー・宇宙・特殊作戦等の分野に重点的に投資を行い
●アジア太平洋地域での作戦能力の強靭性(Resiliency)を確保するため、作戦基盤を韓国・日本・グアムからの豪・マリアナ諸島・東南アジア諸国等々へ分散を図り
●同地域でのプレゼンス維持にはローテーション派遣制度を導入し、米軍への人的・財政的負担軽減を図りつつ、同盟国等への政治的負担の軽減にも配慮する政策を打ち出し
●米国自らの財政基盤が弱まりつつあることを受け、アジア太平洋諸国との共同訓練を強化して同盟国等の能力強化によって全体での軍事力アップを図ろうとしています
「補足米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28-2
「概要海空軍トップのASB論文」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-06-19
「Resiliencyを捨てたのか?」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-09-13-1
しかし一方で、冒頭紹介したゲーツ前長官の言葉「今や潜在的敵対国は全て、米国と通常戦の手法で正面から対峙するのは得策ではないと学んだ」を学んだ米軍は
●米軍の新しい統合作戦指針たる「Capstone Concept」で、「地球規模で融合した作戦遂行には8つの要素がカギ」と説明し、その一つに「目立たない・人目に付きにくい作戦能力が将来重要な役割を」と明記し、サイバー、宇宙、特殊作戦、ISR等の作戦を重視する方針を明確に打ち出している
「統合の作戦コンセプト発表」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-10-02
日本に対しての要求は公式には憲法や政治情勢に配慮して穏やかですが、当然背景には最前線基地として守りや抑止力を強化してほしいとの願いが・・・
●山間に隠した弾道ミサイルの方が抑止力としては効果的。シンクタンクAEIが「日本は中距離弾道ミサイルを装備すべき」と提言。「日本が軍事的姿勢を強め、消極平和主義を放棄することを求める」と
●日本は対中国のため、例えば琉球列島でミニA2AD戦略を遂行する備えをしてはどうか
「AEIが中距離弾道弾配備を」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-10-07-1
「対中国にミニA2ADは?」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-09-29
しかし日本国内の防衛議論は、主導すべき防衛省・自衛隊でも・・
●「陸海空の装備が、本当に統合作戦を頭に入れて、陸は、海は、空はいう予算を組んでいるかというと、私は3年間防衛省にいたが、絶対にそうだとは思わない」
●「陸海空がバラバラで信用ならない。別々に内局へ行って分からず屋と言って、政治が馬鹿だと言ってそれで終わり。天を仰いでこの国はだめだとか言っている」・・という状態にあります。
「石破茂幹事長の自衛隊論」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-09-12-1
特に陸上自衛隊の組織防衛活動は、本末転倒の域に達し目に余るものがあります
「天下の正論:陸上自衛隊削減」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-09-15-1
「国防より組織防衛」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-11-16
もちろん航空自衛隊の戦闘機にのみ投資、F-35命の姿勢も同罪ですが、この問題は根が深いです。まずF-35開発のでたらめさは・・・
「米会計検査院のF-35批判」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-03-21
「カナダ検査院国防省批判」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-04-04
「空自操縦者:米F-16で養成中」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-07-12-1
そして航空自衛隊が脅威の変化を無視し、脆弱性と価格が「右肩上がり」する一方の戦闘機だけに投資している「パブロフの犬」状態にある惨状を、さまざまな観点(脅威の変化を無視、冷戦時代の戦闘機数「教義」に固執、未だ空中戦しか頭にない思考、新分野の人材育成を無視、米軍に責任転嫁、情けないOBの状態等々)から描写してみました。
「戦闘機の呪縛から離脱せよ!」→http://crusade.blog.so-net.ne.jp/2013-04-16
また、米軍の作戦面での変化を正面から受け入れていない状態・・
●2012年東アジア戦略概観→「エアシーバトル」はあくまで作戦ないし戦術レベルにおける運用構想とみなすべきであり、米国の戦略全体を左右するような概念ではない
●2012年東アジア戦略概観→作戦上の強靱性(Resiliency)の前提には、あくまでも前方展開を維持することがあると理解するべきであろう
●2012年東アジア戦略概観→「エアシーバトル」は、米国が前方展開兵力を大幅に削減して、有事が発生したら後方から長距離打撃戦力のみで関与するというような「Offshore Balancing」を志向していることを意味するわけではない。あくまで「戦い方」を示す概念として理解すべき
「力みすぎ東アジア戦略概観」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-04-03
信じるものは救われるのだろうか? まんぐーすは日米同盟の重要性を主張する立場(日本が同盟という船の操舵室に存在するという前提で)ですが、2012年東アジア戦略概観のように妄信は出来ないと考える立場です。
●そもそもエアシーバトル採用を促したゲーツ前国防長官は「Offshore Balancing」論者であった
「新国防戦略とoffshore balancing」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-02-27
●現在の米軍でエアシーバトルを推進するメンバーにも、「Offshore Balancing」論的考えかたの人材が多いし、日本やグアムからの撤退訓練が実際行われているからです
「有事直前嘉手納から撤退?」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-13
「米と豪が被害想定演習を」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-08-02
冒頭の尖閣問題を巡る軍事的衝突の話に戻ると
●「戦闘機VS戦闘機、艦艇VS艦艇の様な挑戦」だけの視点では、海上優勢も制空権も語れない時代になっていること
●中国が重視している三戦(心理、世論、法律戦)のアプローチからも、「戦闘機VS戦闘機、艦艇VS艦艇の様な挑戦」だけの視点が旧態然としていることは明らか
●局所的な軍事衝突でも、サイバーや電子戦(電波で敵通信やレーダーを妨害)は当然重視される時代になり、技術も拡散している
●本気で制海権や制空権を議論するつもりなら、日本が数少ない作戦基盤基地に依存していることを無視しての議論は空しい。米海空軍トップの「Air-Sea Battle」論文は、「典型的な脅威に、中国の対艦弾道ミサイルDF-21Dや長距離巡航ミサイルDH-10のような長距離精密誘導兵器の開発と蓄積がある」と明言しているのに、どうして無視するのか
「海空軍トップのAS-Battle論文」→http://crusade.blog.so-net.ne.jp/2012-06-19
「概要海空軍トップのASB論文」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-06-19
上記のような議論もあわせて行わないと、バトルオブブリテン(英本土防衛作戦)や湾岸戦争時代から抜け出せません
最後に中国軍人の発言をご紹介・・・
(尖閣での局地戦で日本が中国に勝利との日本報道に対し・・・)
●中国国防省の局長→「日本は中国のミサイルの脅威を考慮しないのだろうか。局地戦が発生して両国の艦艇や戦闘機が出動する前に、中国側がミサイルで先制攻撃するかもしれないのに」
●中国軍少将→「愚かな人間が夢を語っているようだ。局地戦が発生したら、中国は海軍だけでなく空軍、第2砲兵(戦略ミサイル司令部)が立体的な作戦を展開し、勝利を得るだろう」
「中国に諭される情けなさ」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-10-29
「中国艦艇が巡航ミサイル搭載へ」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-08-08  
戦闘機命派が旧態然とした空中戦による決戦を夢見る中、中国軍が増強・強化を続ける脅威の中心はどこなのか。日本の戦闘機命派はどう答えるのでしょうか?
米軍が弾道や巡航ミサイル、サイバーや宇宙兵器、更に世論戦・心理戦・法律戦を脅威の中心に据える中、日本の戦闘機命派や着上陸命派が組織防衛のため無視続ける脅威がそこにあります
日本自らが、地上で破壊されたり身動きできなくなる可能性の高い戦闘機中心(だけ)の防衛力整備の方向を改め、ミサイルや無人機やサイバーや非公然活動等々を絡めた総合戦闘力(=抑止力)を高める方向を打ち出し、主体的に米国と議論しないと、ずるずると米国主導で五月雨式に出費を強いられ、人も育たず、士気も低下する組織になる気がします
2012年6月に作成した主要記事リストです。以上のような視点からの記事をたくさん掲載していますので、ご興味のある方は是非ご覧ください
→http://crusade.blog.so-net.ne.jp/2012-06-25

タイトルとURLをコピーしました