12月19日、防衛省・防衛研究所が3回目の発行となる「中国安全保障レポート2012」を発表しました。
これまで本レポートは30ページ弱程度のボリュームでしたが、今回は60ページを越えるものとなっています。
初回は防衛白書の中国情勢部分を拡大したような中身でしたが、2回目は中国海軍の活動拡大に焦点が絞られ、3回目の今回は人民解放軍(PLA)は中国共産党の文民統制にしたがっているのか? との疑問に焦点を絞っています
尖閣問題をほとんど事例として取り上げていない点は大いに不満で、政治的な力が働いているような気がしますが、中国軍の暴走懸念に対し、客観的分析を行うとする姿勢は高く評価できると思います。
内容的にも、後半部分で「ややおたく的」な全人代への議案提出分析等が見られるものの、マスコミが表層的にしか伝えないここ数年の「尖閣」を除く事例を「プロの視点」で丁寧に分析・説明しています
誤解を恐れず単純化して本レポートの結論を述べると、共産党の軍としての「文民統制」には全く揺らぎは無く、「政治工作」組織によって管理されており、軍が独断的な行動に出ることはありえないが、軍の近代化に伴う専門化進化や活動領域の急速な拡大、党中央による軍統治の「制度」や規則が不明確な部分が多く、他国から見ると不安を感じさせる側面は否めない・・・です。
レポートに「サマリー」の項は設けられていませんが、「はじめに」と「おわりに」の部分を読めば、サマリーの役割を果たしてくれると思います。以下は「斜め読み」かつ「つまみ食い」で挑む概要紹介です。
問題認識は「はじめに」の部分に
●07年1月、中国軍はASAT(対衛星兵器)の試験を軌道上の気象衛星を目標に実施し、成功。しかし軌道上に多数の破片を撒き散らし、世界の衛星の安定運行を脅かすこととなり世界中から非難を受けた。中国外交部がこの事件を認めたのは試験11日後で、外交部への事前通知は無かったといわれている
●10年1月、ゲーツ国防長官(当時)が訪中した日に、中国製ステスル戦闘機J-20が初飛行。ゲーツ長官が胡錦濤との会談で初飛行について尋ねると、中国政府首脳は初飛行に驚いた様子で、ゲーツ長官は党による軍の「文民統制」に大きな疑問を抱いた
●10年3月、(北朝鮮によると思われる)韓国海軍艦艇「天安」沈没事案後、米韓海軍が黄海で空母を交えた共同演習を計画したところ、中国軍幹部が猛烈に反発する発言を行い、これに対抗するような演習を周辺海域で盛んに実施した。これに関し外交部は「十分な検討時間を失った」と軍部の動きに戸惑いを見せた
文民統制を巡る疑問にレポートは・・・
●中国共産党の軍としてのPLAの性格に基本的変化は無い
●政策決定や外交・安保に関するPLAの役割は限定的で、「政治工作」により共産党員が軍の各レベルに配置され、基本的な部分で党の統制をPLAは逃れる状態には無い
●しかし近年の文民統制上の諸問題は以下に原因
(1)PLAが軍事の専門集団としてその能力を向上させた結果
以前は他の商売を許可されて兼業・自給自足態勢にあったPLAだが、1990年代以降近代化推進の国家方針に沿い軍事に特化。高度な兵器を急速に導入した一方で、政治指導者に戦争経験は無く、軍にあまり口を出さなくなっている傾向があった
(2)PLAが関与の安保領域が急速に拡大
陸海空軍に弾道ミサイル部隊関連領域以外に、急激に海洋権益擁護、宇宙、サイバー、電磁、災害、PKO 、海賊対処等々へのPLAの活動拡大が国内的にも国外的にも求められた。多くが前例のほとんど無い分野への拡大が続き、党からの方針も曖昧なままだった。
(3)任務多様化の中で政府と軍の調整場面が増加
共産党の軍であることから、党からの指示を受けるラインはあっても、他の政府機関との関係や連携の仕組みが不明確なままであった。また党からの方針も曖昧。海洋権益擁護では「海監」「漁政」等の10以上の関係機関との連携必要。 災害やSARS対応では地方政府との調整も必要だが、これも新たな取り組み
●しかし、12年4月からのスカボロー礁でのフィリピンとの対立では、PLA、海監、漁政、外交部の共同協力関係はかなり進化している様子が伺えた。(まんぐーす注→12年秋ごろから浮上した尖閣問題でも、同様のかなり整理された国としての対応が見て取れる)
●現時点で見ると、中国共産党が重要な問題と認識した分野では、PLAと他の部署との連携が進む様子が確認できるが、その他の分野では統制の「制度化」は道半ば
●特に天安門事件以来PLAが一度も関与せず、武装警察が対処している国内デモ鎮圧など「治安」分野にどのように対応していくかが大きな課題。国内での政治腐敗や共産党一党独裁への不満が原因と見られるデモが頻発する中、今後のに注目
●一般的な国家のための軍との「国軍化」を警戒し、あくまでも共産党の軍であることを強調するような発言や論評が主要雑誌や新聞に掲載されることも増えた
●軍と政府部門の調整メカニズムの整備が不十分な中で、偶発的事案が機器へ発展することが無いよう、党中央とのコミュニケーション強化が不可欠である
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この防衛研究所のレポートは、何度も何度も繰り返して「現在においても、PLAが党中央の方針に反する行動をすることは基本的に想定できない」との基本的ラインを主張し、断言しています。
マスコミやコメンテーターといわれる人種が、軽々しく西側的視点で「軍部の独走」や「軍部による単独行動」を叫ぶことに対する専門家としての警告でしょう
また、いろいろな事実を証拠として丁寧に説明分析し、共産党と中央軍事委員会や国務院の関係を、事例ごとに図示してわかり易く提示する姿勢には敬服いたします
一方でまんぐーすのような素人は、急激な国力と軍事力の発展と活動範囲の拡大、他国との接点や摩擦拡大の中で、近代軍をよく承知しない「党中央」と多くの不備を抱える「制度」と多様な兵器を手にした「PLA」の組み合わせが、益々危なっかしいモノとの印象を強くしてしまった次第です。
過去の中国安全保障レポートは・・・
「第1回中国安保レポート」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-05-19
「第2回中国安保レポート」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-02-17-1
「ゲーツ訪中とJ-20初飛行」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-01-09-1