安保法制を巡り、憲法解釈等々ピントはずれに騒がしく、梅雨の蒸し暑さが身にしみる今日この頃、今は筆者(茂田宏氏:元外務省テロ担当大使、国際情報局長等)の仕事の都合で中断している「国際情報センター」の記事を思い出しご紹介する次第です
2011年12月14日にアップされたこの記事は、「戦争はいけない」と言うだけで平和に過ごせるとの考え方を戒め、平和を願えば、平和になるというのは人類の経験に反する空想的平和主義であると訴えます。
また、子供たちに戦争体験を語り継ぐなどの努力はしてもよいが、戦争の悲惨さを知ることと戦争がどうして起こるのかを知ることは別のことと喝破し、情緒的になりがちな戦後70周年記念報道を予言するが如く指摘しています
更に、日本でなぜ「空想的平和主義」がはびこっているのかを考えてその問題点を指摘し、日本には「ハト派」や「タカ派」ではなく、問題から目を背け首を地中に突っ込む「ダチョウ派」が多いと描写します。
以下、原文をそのまま掲載します
戦争と平和の問題
1、 日本外交が誤らないためには国民や当局者が国際情勢判断を誤らないことが重要であるが、国際情勢判断と同じように重要なのが、日本が情勢にどう対応するかである。
特に重要なのは戦争と平和の問題、言いかえると、安全保障政策である。戦後の日本の安全保障への取り組み方には相当大きな問題がある。
2、 大蔵大臣であった宮沢喜一さんが「戦争だけはしてはいけない」と訓示した。
私は宮沢喜一さんのこういう発言は前提が誤っていると考えている。なぜかと言うと、日本が戦争になるかどうかは日本の選択だけにかかる問題ではないからである。そのことを心から納得して、認識することが重要である。
戦争をしないという決心をすれば、戦争にならないのであれば、そう決心すればいい。しかし戦争と平和の問題はそんなに簡単な問題ではない。
1917年のロシア革命後、ボリシェビキ政権は平和の布告を出し、第1次大戦から離脱しようとしたが、ドイツが攻撃をやめず、戦争は継続した。ブレストリトブスク条約でドイツの要求に全面的に屈服し、領土などで大幅な譲歩をしてようやく戦争は終わった。この交渉を行ったのがトロツキーであるが、その際トロツキーは同志たちに、「諸君は戦争に関心がない。しかし戦争が諸君に関心があるのだ」という演説をしている。
日本が戦争を仕掛けない限り戦争にならないというのは誤っている。戦争をしないと決心すれば、平和に過ごせるというのは根拠のない考え方である。平和を願えば、平和になるというのは人類の経験に反する空想的平和主義である。平和への祈りで平和をというのは、雨乞いで雨を降らせようとする古代の祈りのようなものである。
戦争と平和の問題は国家の外交にとり最重要な問題であり、真剣に検討すべきであって、空想や祈りで片づけられるものではない。
3、 本当に平和を望むのであれば、平和とはどういうものかよりもむしろ、戦争とはどういうものか、歴史上、戦争はどうして起こったのかを研究する必要がある。そして戦争にならないためにどうすればよいのかを考える必要がある。そのためには抑止など、軍事戦略の研究も要る。
ツキジデスは戦争の原因として、利益、恐怖、名誉を挙げている。永続した平和の類型として、レイモンド・アーロンは、覇権による平和、均衡による平和、核の破壊力への恐怖による平和を挙げている。そういうことについて思索を深めることが重要である。
戦争を知らない子供たちに戦争体験を語り継ぐなどの努力はしてもよいが、戦争の悲惨さを知ることと戦争がどうして起こるのかを知ることは別のことであり、後者の問題の方がずっと重要である。
安全保障問題に関して、ハト派やタカ派があると言われるが、私の見立てでは、日本にはダチョウ派が多い。ダチョウと言うのは危険が迫ると砂の中に頭を突っ込んで危険を見ないようにして危険をやり過ごそうとする習癖があるが、
日本にはそういう人が多い。そういうダチョウがなぜ生き残ったのか。豪州と言う無害な環境にいたからであろうが、今の東アジアは北朝鮮や中国のことを考えただけでそういう無害な環境からは程遠い。
4、空想的平和主義の議論が日本で強いのか。
いくつかの要因があるが、大きく言うと三つである。
第1:日本人の歴史的経験がある。日本は島国であり、歴史上、他国からの侵略をうけたことは元寇しかない。第2次大戦で敗戦、占領を経験したが、これは自分がはじめた戦争の結果であった。それで自分から仕掛けないと、戦争にはならないという考え方をする。ロシア、中国、欧州諸国など大陸諸国は攻め込まれたことが多いが、そういう国民と経験の差がある。しかし技術が進歩した今、海が守りになる時代はずっと前に過ぎている。
第2:第2次大戦での敗戦体験の影響がある。「欲しがりません、勝つまでは」で、頑張った国民はその労苦を敗戦と言う結果で報いられ、もう戦争は嫌だという気持ちになった。戦争は悲惨なものであり、そういう気持ちになることはよく理解できるが、戦争と平和の問題はそういう感情論で処理できない。
第3:第2次大戦後、国際社会は強い対日不信を持ち、軍事的に弱い日本がアジアの平和、世界の平和のために好都合であるという観点から、政治的にも思想的にもそういう日本を作ろうとしてきた。これは米、ソ連、中国、韓国その他のアジア諸国のコンセンサスであった。
そのための努力は戦争罪悪感育成プログラム、GHQによる検閲、東京裁判など広範囲に行われたが、連合国、特に米国はその企てにかなりの程度成功した。
その中で、米国は主権国家が当然持つべき軍隊を持てないような憲法を日本側に押し付けた。このGHQが2週間足らずで起草し、押し付けた憲法は、今なお改正されることなく存続している。
この憲法前文には、「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書いている。しかし日本人を拉致して返さない北朝鮮、尖閣問題で藤田建設の中国滞在者を人質にとるような行為をする中国、日本の領土を占領し続けているロシアのことを考えただけでも、「諸国民に公正と信義」があるとはとても思えない。
この前文はないものをあると言っている虚構である。そもそも国家は国益を基準に動いているのであって、「公正と信義」で基本的には動いてはいない。これは常識と言ってよいだろう。
しかしこの常識外れの前文が第1、第2の要因と共鳴し合い、日本では少なくとも今日まで受け入れられてきた。
自由主義者であった石橋湛山は、世界は憲法のいう理想からまだほど遠いので、憲法の理想はそのままにしておくが、一時執行停止にすべしと論じたことがある。
4、 誤った考え方が、戦後の日本外交に深く広い影響を
日本の外交を立て直していくうえで、この戦後日本をどう評価し、どうそれから脱却していくのかが最大の問題である。
戦後、日本に押し付けられてきた束縛がどういうものであるかというと、これは端的に言うと、象徴天皇制、1946年憲法、日米安保条約の3本柱から成っている。この3本柱は相互に依存し合っている。
1946年2月13日、ホイットニーが吉田茂外相、松本国務相などに日本国憲法を押し付けた際に、これを受け入れない限り、天皇が戦犯として訴追されることもありうると述べ、日本側がこれを受け入れざるを得ないと決断した。
サンフランシスコ講和条約で日本は占領を脱することになったが、それと同時に米軍駐留の継続を認める日米安保条約が締結された。憲法上、軍を持てない日本の安全保障をどうするのか、米軍の駐留を継続するしかないではないか、ということである。憲法と日米安保条約はそういう意味でセットになっており、いまでもそうである。
今後の日本を考える上で、私は日本が他国に脅威を与える存在にならないこと、軍事的に弱い日本がアジアの平和に役立つとの考え方から脱却する必要があると考えている。
日本がアジアで唯一の先進工業国家で産業基盤や科学技術力で他を圧倒していた時代は去った。いまや日本が脅威を与えるよりも、中国や北朝鮮からの脅威に日本は直面している。状況が変化した中で、日本もそれなりの対応をする必要がある。
5、 戦争と平和の問題を人任せにはせず、自分で真剣に考えることがこれからの我々の第1の課題であろう。(文責:茂田 宏)
おまけで石破茂氏のブログより
(2015年6月19日付)
6月17日の党首討論は、やや議論にすれ違いがみられ、少し残念に思いました。
民主党党首の岡田氏が「徴兵制は違憲だと言っているが、これも総理が変われば合憲に変わりうるのか」と質問しましたが、これは朝日新聞や東京新聞によれば、かつての私の発言を念頭に置いたものだそうです。
私自身が日本において現在も将来も徴兵制をとるべきではないと思っていることは、2010年に当欄にも記しましたし、著書でも述べました。
一方で、これまた以前にも述べたことですが、かつてNATOの現状視察でドイツを訪問した際、なぜドイツは徴兵制を維持しているのかを議論した時の光景を今も私は強烈に覚えています(今はドイツにおいて徴兵制は「停止」されています)。
与野党問わず、参加したすべてのドイツの国会議員から「軍隊は市民とともにあらねばならず、軍人は軍人である前に市民であらねばならない。軍が市民社会と隔絶した存在であったからこそナチスが台頭したのであり、あのようなことを二度と繰り返さないためにこそ徴兵制は必要なのだ」との論が展開されたことに、強い衝撃を受けました。
最近まで徴兵制を維持していたフランスにおいては、市民による国家を市民が守ることは当然の義務である、との論を多く聞きましたし、永世中立国・平和国家として多くの日本人の憧憬の的であるスイスにおいては、いまでも憲法に国民皆兵が明記され、2013年には徴兵制廃止の提案が国民投票で否決されています。
日本と欧米では、近代市民社会の成り立ちが根本から異なっていることを改めて痛感させられます。
集団的自衛権の議論も、「世界の中の日本」という意味ではその構図に似たものがあるように思います。
選挙権が18歳に引き下げられることとなり、我々もこれに見合った対応をしなくてはなりません。
「日本はちっとも国民主権の国ではない。あれもしてくれ、これもしてくれ、と要求だけしているのは(主権者である君主に対する)臣民、サブジェクトの立場なのであって、決して主権者ではない」と喝破されたのは故・田中美知太郎先生ですが、主権者としての在り方を正しく学ばせる教育の在り方も同時に求められています。
徴兵制関連の過去記事
「ノルウェー:究極の平等めざして」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-06-16
「オーストリア徴兵制維持へ」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-01-22
「画像:イスラエルの女性兵士」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-12-27