戦闘機の呪縛から離脱せよ!(Ver.2)

(Ver.2: 2013年5月1日)
日本の置かれた安全保障環境を考える時、特に近年の軍事脅威の変化を考える時、戦闘機の重要性が「ウナギ下がり」であり、根拠無く自衛隊内で神格化され維持されている「戦闘機数と戦闘機飛行隊数」の削減が急務であるとしばしば訴えてきました
最近では、F-35開発計画のデタラメぶりを産経新聞を中心とするメディアも取り上げるようになりましたが、まだまだその議論には「F-35の調達遅れによる防空網の穴」を懸念する論調や、国産戦闘機の開発・導入を求める等の声が混在しており、戦闘機を信奉する考え方が残っています
そこで以下では、日本で戦闘機に投資することが如何に非効率で無駄か、如何に日本の抑止力向上に貢献していないか、そして如何に航空自衛隊や日本の国防全体を歪めているかについて、議論のたたき台を提供したいと思います
論を進めるに当たっては、ブログ「東京の郊外より・・・」に頂いたメールやコメントを多数活用させていただきました。特に自衛隊の内部事情については、裏付けを取ることは出来ないモノの、多分そうなんだろな・・と思わせる内容はそのまま活用させていただいています。真偽のほどは、読者のご判断に任せます。
中身に入る前に、論を進める前提について一言触れさせていただきます。
●本稿はなるべく既存の概念に縛られないことに留意しつつ書きなぐったつもりです。しかし一つだけ念頭に置いたのは、日本の置かれた財政状況を無視しないことです。
●自衛隊OBの論説や極端な右寄り思想家にありがちな、国家安全保障は国の大事だから国防費は最優先だ、との論調は今の時代には通じませんし、悪戯に問題の本質を遠ざけるだけです。防衛費が今の2倍になるようなことになれば、社会保障は崩壊し、少子化の中、自衛官を志願するモノはいなくなります。
●限られた財政の中で、安全保障環境と軍事技術の動向を見極め、国防投資に優先順位を付け、ぎりぎりの選択の中で知恵を絞っていくしかありません。この姿勢は「東京の郊外より・・・」でも基本としているところです
目 次
1 戦闘機の運用基盤は脆弱で高コスト
2 戦闘機単体での能力発揮は不可能
3 脅威の変化により脆弱性が増大
4 空虚な航空自衛隊の戦闘機重視論
5 現状でも戦闘機の能力発揮は困難
6 戦闘機数死守が生んだ「思考能力の壊死」
7 放置された人材育成
8 日米関係を言い訳にするな
9 当面何をすべきか:議論の活発化が鍵
10 最後にもう一度
1 戦闘機の運用基盤は脆弱で高コスト
●戦闘機の運用には、多くのインフラと訓練された多くの人員が必要であり、その準備には多額の経費と時間が必要で、その維持にも継続的で高額な出費が必要です
●搭乗員の技量維持には継続的な訓練が必要で、それを支える燃料費や交換部品費等々の総計は、機体購入価格を遥かにしのぐと言われています
●上記インフラには、滑走路や駐機場、管制塔や航法援助施設、弾薬庫や燃料施設、格納庫や整備関連施設等が含まれ、全て大型で隠すことが困難であり、攻撃が簡単な施設ばかりです
●多くの戦闘機運用基盤は海に近く、外敵の接近が比較的容易であり、かつ基地の外周は10km以上で警備は容易ではありません
●日本は国土が細長くて山岳地域が多く、飛行場に適した場所に限りがあり、民間の飛行場を合わせても飛行場数が少なく、軍用飛行場被害時の代替施設確保が困難です
2 戦闘機単体での能力発揮は困難
●戦闘機の能力発揮には、搭載兵器(ミサイルや爆弾)や支援装備(目標照準ポッドや暗視装置や電子戦装置等)が不可欠であり、優秀でステルス性能を持った機体だけでは何の役にも立ちません
●余裕を持った活動のためには空中給油機の支援が不可欠であり、また戦闘機の作戦には地上や空中レーダーによる管制支援が求められます。そしてこれら支援装備の運用も、脅威の変化を前に極めて脆弱です。
●戦闘機は天候や気象条件に影響を受けやすく、民間旅客機が運行可能な気象条件下でも、戦闘機が運行不可能な場合も多いです。また西から東へ気候が変化する日本にとって、相手が変化する天候を活用(強力な雨や落雷を伴うような寒冷前線を前面に押し立て、中国からの侵攻を企図)すれば、日本の戦闘機は離陸できないままで攻撃を受けることになります
3 脅威の変化により脆弱性が増大
(参考:脅威の変化を考える→http://crusade.blog.so-net.ne.jp/2012-10-08)
●これまで「東京の郊外より」で再三説明したように、例えば中国のようなA2ADの行使を意図している国は、戦いの緒戦で大量の弾道ミサイルや巡航ミサイルで日本の航空基地等の作戦基盤を攻撃し、一般に言われる航空戦力を地上で無効化しようとしています
●これに合わせてサイバーや宇宙ドメインで日本の指揮統制能力にダメージを与え、自衛隊の組織的な対応を混乱させる事を狙ってきます
●また、米シンクタンクによる中国軍無人機の作戦構想研究によれば、中国は旧式の有人戦闘機等を無人機に改造し、「おとり」として日本に指向し地上の戦闘機を離陸させ、その間に我の飛行場等にミサイル攻撃を行うことで、帰還先を失った航空機を燃料切れで損耗させる思想も持っています
●航空機による防空能力を失った日本に対し、中国は空中戦能力や組織的運用能力の高くない航空戦力に精密誘導ASMを搭載し、楽々と戦闘機の飛行場や艦艇基地に止めをさすことが出来ます
「中国軍の無人機作戦構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-03-12
●その他にも、尖閣問題でその脅威が語られる「偽装漁船」や「偽装漁民」が、短射程のミサイルや迫撃砲攻撃を行ったり、密かに上陸して航空基地に破壊工作を行うことは決して困難なことではありません。
以上、戦闘機の運用特性や戦力維持に必要な膨大な経費、我が国の戦闘機運用基盤の脆弱性等々の視点、更にこれら弱点を狙い撃ちするかのような軍事技術の拡散に伴う軍事脅威の変化から、日本で戦闘機を防衛力の中心に据えることが「危うい」ことをご紹介しました
書きながら思ったのですが、天候に運航が左右されやすいことは案外と忘れられがちであり、重要なポイントです
具体的な例や数値をご紹介できれば、更に理解が深まるのでしょうが、ここでは本問題の大きなイメージを捉えていただくことが重要と考え、省略しています。(手元にデータがないのも事実ですが・・・)
それでは少し目線を変え、航空自衛隊が主張する戦闘機の重要性を、その代弁者であろう空自OBの元空将(技術開発官)による論文から吟味してみましょう。
月刊誌「軍事研究」2009年11月号の筆頭記事で、「なぜ空自F-Xにステルス機が必要なのか」と題して林富士夫氏がインタビュー形式で語っています。論文の目的はステルス機が空自に必要な理由を説明することですが、空自が戦闘機を重要と主張する理由と大部分重なっていますので取り上げます
4 空虚な航空自衛隊の戦闘機重要論
(元空将:技術開発官の林富士夫氏の主張→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2009-11-26-1)
●空における戦いは「質を量でカバーできない」。ゆえに空自はこれまで各時点で最高性能の戦闘機を購入してきた。
●ステルス性は次期戦闘機に求められる対戦闘機戦闘力と戦術任務(対地・対艦攻撃)力を発揮する上で必要。対戦闘機戦闘力は、過去においては搭載ミサイル射程とレーダー探知距離が大きな要素だったが、今はステルス性のウェートが高い。
●ステルス性はレーダー性能アップで補うことが困難。併せてステルス機では接近戦となる可能性が高いため格闘戦能力が依然重要。戦術任務では、敵の防空網を回避するのにステルスはアドバンテージ。
●防弾力、システムの強靱さ、電子戦、警報機能等で受け身の防御力は高まるが、相手を撃破できない。ネットワーク装備による状況認識向上は戦力向上に繋がるが、最終的な「1対1」の戦闘能力とは最終的には別物である。
上記のステルス戦闘機必要重要論は、3項で示した脅威の変化を踏まえれば、的外れになりつつあることがご理解頂けるでしょう。
まず、相手は空で戦うことを望んでおらず、地上で脆弱な航空アセットを破壊しようとしています。また「おとり」で離陸させ燃料切れで無効化することや、サイバーや宇宙ドメインで指揮統制を破壊して戦闘機無効化することを狙っているからです
また、ステルス機の突破能力は魅力ですが、同じく脅威の変化を考えれば、その脆弱性が飛躍的に増しており、投資の効率性が「ウナギ下がり」であることもご理解いただけると思います
更に、我がステルス機を導入しなければ相手がステルス戦闘機で攻めてくるかというとそれは疑問で、相手が弾道ミサイル等を多用するのは、それが極めて効率的だからです。
無論相手もステルス機に投資していますが、これは天安門事件以降、軍に与えられた自由度を生かし、何処も変わらぬ軍人が西側の影響を受けて夢を追い、おもちゃとして開発させているものだと考えてよいと思います。無論それなりの脅威ではありますが。
以上では軍事的な合理性の観点から戦闘機優先投資の問題点を整理しましたが、以下では60年にわたり「戦闘機命主義」を続け、数10年にわたり根拠無く「戦闘機数や戦闘機飛行隊数」を維持してきたことによる「組織の垢」や「パブロフの犬症候群」が生み出した問題点を考えます
5 現状でも戦闘機の能力発揮は困難
●いつ「戦闘機数と戦闘機飛行隊数」死守の「教義」が出来上がったかを正確に承知していませんが、日本の防衛予算が右肩下がりになる遙か前、社会党がそれなりに勢力を持ち、国会で無意味な自衛隊や防衛に関する神学論争を繰り広げていた頃に築き上げられた、いわば苦肉の「絶対防衛圏」であったようです
●まだ冷戦華やかななりし頃は、F-15の機数を積み上げることでソ連に対する抑止力になりえ、中曽根首相(当時)の「浮沈空母」論と相まって、日米同盟のサクセスストーリーを築き上げました。
●しかし軍人は過去の栄光にすがる生物です。冷戦が終わり、バブルが弾け、防衛白書に不透明・不確実の文字が登場し、更に軍事技術の拡散が叫ばれても、「戦闘機数と戦闘機飛行隊数」死守の「教義」は生き残りました。
●そしてそれは、プラットホーム数の確保を優先し、肝心の搭載装備品(ミサイル、弾薬、電子戦、センサー、目標照準ポッドや暗視装置)を置き去りにする結果を招きました。
●今や米空軍幹部は、プラットフォームは高価で更新に時間が掛かるため、搭載装備品の改良や更新に投資すべきだと語っていますが、航空自衛隊はその逆を長年歩んでいます。
●空中給油能力(たった4機)やISR能力(未だに写真電送も出来ないRF-4)への投資も犠牲にされてきましたし、有人戦闘機の機数や操縦者定員が削減される恐れから(多分)、全世界の軍が争って導入を進めている無人機も未だ研究予算を積んで誤魔化している惨状です。
●またアジア太平洋地域の米軍が、A2AD対処の重点事項として取り組む脆弱性克服(Resiliency向上)にも全く目が向けられていない有様です
●更に言うならば、細長い日本を活用するに必要な輸送能力さえ犠牲にし、ただひたすら戦闘機の数だけ揃えてきました。
●尖閣問題を巡る議論の中で、「日中が戦ったらどうなるか?」との議論を見かけますが、空自のOBも含め、現時点ではほぼ全員が空自の制空権獲得は間違いないと主張し、この状態を維持すべきだからF-35を導入せよ、又は国産戦闘機を等と叫んでいます。
●しかしまんぐーすは思います。マニアックな空中戦機動だけを取れば空自側に有利な面もあるでしょうが、戦闘機命で空自が無視してきた電子戦やサイバー戦や宇宙戦分野では、細部は不明ながら中国側が優位な状況にあり、展開基盤基地数も考えれば既に中国側に有利な状況とも考えられます。
●また、これら中国が有利と考えられる分野は、中国の関与を明確にすることなく作戦遂行が可能で、米国の介入を排除しやすい点でも中国側に有利です。「戦闘機数と戦闘機飛行隊数」死守の「教義」は完全に破綻し、そのよう有効性を失っています。
6 戦闘機数死守が生んだ「思考能力の壊死」
●防衛費は右肩下がりの時代を迎え、この「教義」は他の装備の取得を押しのけて「のさばる」様になり、5項に説明したような戦闘機の「裸の王様化」を進める結果となりました。
●そして今自衛隊を担っている世代は、この「教義」を信奉して(又はその振りをして)生きることを余儀なくされ、悲しいながら反射神経的に、又は「パブロフの犬」のように戦闘機を一番に考える思考パターンを刷り込まれています。つまり戦闘機以外の作戦に目が向かなくなっています。
●F-22を米国が売却せず、F-35の開発が遅れてF-Xの選定が難航した時期、F-X用に確保していた予算を多様な分野に活用するチャンスがありました。軍需産業界の業界新聞は当時、様々な可能性を想定し、「忘れられた分野」への投資を訴えていました。しかし航空自衛隊の選択はF-15の能力向上でした。ネットワーク能力向上は必要だったでしょうが、ほぼ全てを戦闘機につぎ込んだ姿勢は、多くの憂国の士を落胆させました
●東日本大震災の津波被害にあった松島基地のF-2戦闘機の扱いも衝撃的でした。被害を受けた18機に対し、約140億円もの経費をかけて修理可能かどうか検査し、その内6機を修理することとなったのです
●そしてその修理費にも皆が唖然としました。1機約120億円で購入した戦闘機に、何と1機約130億の修理費を投入することになったのです。全ては根拠無き「戦闘機数と戦闘機飛行隊数」の「教義」を守る「パブロフの犬」反応から生まれたものです。そしてこれらの決定が、組織の大部分に「しらけ」ムードをもたらしました。「この組織はだめだ」とのメールを頂いたのもこの頃です。
「戦闘機修理に1機130億円」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-07-12-1
●更に決定的だったのがF-35の導入決定でした。まだ期待として完成していないカタログだけの機体を、開発が停滞している問題だらけの機体を、どのような自衛隊全体での作戦を想定しているのかの説明も無しに、実質的に「価格青天井」で買うことを決定したからです
●全ては戦闘機を中心に、戦闘機操縦者を中心に回っていることが白日の下にさらされた決定でした。「しらけ」はムードではなく、「叫び」として表れるようになったのです。「東京の郊外より・・・」には、この頃から「亡国のF-35」関連記事に多数の応援メッセージを頂くようになりました。
「亡国のF-35」関連記事(最近の15本)→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/archive/c2302846744-1
●防衛費が右肩下がりの中で、このような根拠無き「戦闘機と戦闘機飛行隊数」維持至上主義がまかり通る事で、パイロット以外の「やる気」は失われ、全ての航空自衛隊員の「考える意欲」や「論理的思考力」が退化したのも当然の結果です。
●かねてより、航空自衛隊出身OBには安全保障を語れる人がいないと言われているのですが、最近の北朝鮮によるミサイル発射事案に際しても、PAC-3ミサイルで貢献する空自のOBがプレスに登場する事はほとんどありません。
●当然といえば当然です。周辺環境の変化や脅威の変化を都合よく解釈し、根拠無き「教義」を閉鎖的組織の中で信奉してきた彼らは、組織の外で語るべき論理や言葉を持っていないのです。
そんなOBが外で発言すると悲惨な状況に・・・。以下は「反面教師」的主張の一例
—中国が本土からミサイル攻撃すれば、沖縄の航空機基地はたちまち作戦能力を失い、制空権は消滅するとの主張する有識者もいる。理論的には正しいが、現実離れしている
—そうなれば米国を巻き込んだ全面戦争である。中国は国際社会から孤立し、制裁は避けられず、何より優先の経済成長は見込めなくなる。
—現在、中国は米国との戦争を最も避けたがっており、そういう事態を望んでいない
●上記で引用したOBの小論タイトルは「戦わずして負けた日本」となっていますがが、同OBは「戦っても負ける日本」や「平時だけの空軍」を容認しているのでしょうか?
●ミサイル攻撃を「理論的には正しいが、現実離れしている」と達観し、中国は経済を優先して本格的な攻撃はしないと言い切る自信が羨ましく、同時に何が目的で防衛力を造成しているのかを聞きたいものです
●中国は米側の西太平洋地域における軍事的弱点を研究し、その結果導かれたA2AD戦術遂行のため装備の近代化を進めています。この中国軍事力との対峙を「理論的には正しいが、現実離れしている」と脇に置き、同氏は戦闘機による平時の「航空優勢」や「制空権」に全てを賭けるのでしょうか?
●同OBの「南西諸島方面の航空優勢は日米同盟側にある。航空優勢がわが方にある限り、中国は軍事行動を起こさない」との主張に対する疑問は、米軍を巻き込まずに済む電子戦やサイバー戦や宇宙戦分野での中国有利と我の劣性の観点から指摘した通りです。
●それでも今は、ひたすら戦闘機で勝ち取る狭義の平時だけの「航空優勢」や「制空権」だけで十分だと主張するのでしょうか?
●いや同OBはこう主張するのかもしれない。国の最重要課題である国防のため、国は最優先で国防費を増加させ、戦闘機だけでなく必要なすべての部分に投資すべきと。
●そしてそれが叶わぬのは、防衛省内局の無知な文官や政治の貧困が原因だと天を仰いで嘆いて終わるのでしょうか?
●ちなみに上記OBは、F-X選定が遅れていた時期に「F-X選定が遅れて戦闘機12個飛行隊の維持が困難になっては本末転倒である」との戦闘機命派らしい「本末転倒」な論陣を張り、大いに失笑を買った人物です
●1000歩譲って語れる能力を蓄えた人がいても、現在の安全保障環境と脅威の変化の中で、軍事的合理性に基づいて語れば「戦闘機命主義」を擁護することは難しく、自然と口を閉じざるを得ないのです。
「空自OB:F-Xはステルス無しでも」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-07-16
「戦闘機12個飛行隊の維持が困難になっては本末転倒である」との「本末転倒」な発言に注目
石破茂・元防衛大臣の自衛隊批判→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-07-29-1
—「陸海空の装備が、本当に統合オペレーションを頭に入れて、陸は、海は、空はとこれだけという予算の立て方をしているかというと、私は3年間防衛庁や防衛省にいたが、絶対にそうだとは思わない」
—「陸は陸、海は海、空は空・・それは絶対譲らない。シェアも変わらない。運用だけ統合でやっても、防衛力整備を陸海空バラバラにやっている限り、信用がならないと思っている。」
—「陸海空がバラバラに内局へ行って、内局の分からず屋と言う話になって、政治が馬鹿だと言って、それでおしまい。そしてみんなが何となく天を仰いで、この国はだめだとか言っている」
●OBでさえこの状況です。最も脅威の変化や今後の施策について激論を交わすべき現役に至っては言わずもがな。民主党政権下の「公務員いじめ」的な施策もあり、保身姿勢を強めた現役高級幹部は、定年を指折り数えつつ、埃を被った神棚の「教義」を放置している状況です
7 放置された人材育成
●右肩下がりの予算の中で一部を神格化することは、他を冷遇することになります。これまでは装備品の観点からこの問題を見てきましたが、人材育成の面からも負の影響は甚大です
●「戦闘機神格化」の人材育成への影響は2つの視点から観察できます。一つは全士官の10数%に過ぎないパイロット優遇人事であり、もう一つはパイロット以外の士官への投資の貧弱さです
●パイロット優遇人事は、特に外部の陸上や海上自衛隊の幹部からも驚きを持って見られています。特に統合運用が進み、共に勤務することが多くなった他自衛隊士官からすれば、「なぜあの人が」のケースが多いようです
●また3自衛隊の士官候補生が共に4年間を過ごす防衛大学校の同級生の間でも、陸海自衛隊幹部から見た航空自衛隊の人事の異様さがよく話題に成っているようです。
●パイロット以外の人材育成は、サイバーや宇宙といった新たなドメインが陸海空と並び称されるこの時代に当然のことですが、根拠無き「教義」にしがみ付く操縦者高級幹部が注目するはずもなく、実質放置されています。
●電子戦やネットワーク、無人機の活用に関しても同様です。特に無人機の導入は戦闘機数等の削減につながる可能性もあるため、非常に機微な事項とされ、密室での決定が常態化しているとの指摘も聞こえてきます
●1項で述べたように、パイロットの養成や能力維持に必要な経費は膨大ですが、脅威の変化に見合った訓練の訓練内容や目標技術レベルの見直しは手付かずで、「教義」が放置されると同様に「不可侵」領域で保護されている状態です。
●逆にその他の重要性を増す分野の人材育成は、実質見向きもされず、仮に養成されても「戦闘機神格化」の中で埋没させられているようです。既存の施策も厳しい予算の中で一律カットや理由なき中止に追い込まれています
8 日米関係を言い訳にするな
●戦闘機重視の言い訳に、米軍からの要望を持ちだす者も存在します。しかし私は、これを「都合のよい米軍利用」だと考えています。
●中国の軍事力が急激に増強される中、米軍はこれをA2ADとの概念でとらえ、エアシーバトル等のコンセプトでこれに対応しようとしています。そこには「地理的に分散し」、「作戦面で強靭な」体制を「政治的に持続可能な形で」追求する基本原則があります
●米軍の作戦運用構想は急激に変化しており、ペンタゴンやワシントンDCのシンクタンクを中心として議論が進む新たな考え方は、太平洋軍や在日米軍レベルで十分消化されているとは言い難いでしょう。
●つまり、旧来の湾岸戦争が戦い方が米軍関係者にも色濃く残る中、、予算削減の中でとりあえず同盟国を鍛えて米国の負担を軽減せよとの指示を受け、何となく自衛隊と訓練や意見交換を行っているのが太平洋軍や在日米軍の実態だと思います
●このような過渡期にあって、仮に航空自衛隊が脅威の変化を踏まえて明確なビジョンを持ち、戦闘機命主義を見直すと主張すれば、多少の議論はあっても最終的に米軍は理解すると思います
●振り返って残念なのは、仮に戦闘機重視の米空軍を批判的に見ていたゲーツ国防長官の時代に、日本が「戦闘機命主義」転換を含む新たなビジョンを持ちだしていれば、大いに歓迎され、米軍を巻き込んでの大きな方向転換が可能だったのに・・との思いが残ることです。
「バランスのとれた軍を」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-04-09
「空軍士官候補生へ最終講義」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-03-07
「空軍は単に飛んでいたいのか」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-10-02
「ゲーツ長官が空軍へ最後通牒」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2009-09-17
●「戦闘機命主義」を多少転換しても、米国の軍需産業から装備品を購入する流れに大きな変化はありませんから、政治レベルでも議論は可能だと思います。無論、国内軍需産業にはそれなりのインパクトがあるでしょうが。
●日本の防衛力や抑止力が高まることが米国にとって重要なことですから、決して表面的な米側の要望を盾にすること無く、必要な投資に舵を切ることが必要です。脆弱な戦闘機中心ではなく、「作戦面で強靭な」方向への転換は大いに歓迎されたはずです。
9 当面何をすべきか:議論の環境を
●専守防衛の撤回は抑止力を高めるに必要不可欠で、憲法の見直し議論も自然な流れです。これらの見直しにより、弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルを装備し、ステルス無人偵察機を保有することも必要でしょう。しかしそれを待つ間にも可能なことはあります
●必要性が「ウナギ下がり」な戦闘機プラットフォームの追加取得は当面抑え、機能するか予断を許さないF-35の取得は中止か延期、又は最小限に抑える必要があります。
●F-4戦闘機は運用を停止し、その分の戦闘機数は永久にこれを削減します。また空中戦のような蓋然性の薄い訓練は極限する等により、各戦闘機飛行隊の機数を削減し、戦闘機全体の維持経費も削減します。
●戦闘機への投資削減分を振り向ける先は、これまで無視されてきた装備品であり、「プラットフォームより搭載装備品」との時代の流れに沿った投資に転換すべきです。また戦力マルティプライヤーとして空中給油機も増加が必要です。細長い国土を利用するには輸送能力の強化も急務です。
●沖縄や南西諸島の防衛にあたっては、極めて脆弱な戦闘機対処は優先度を下げ、日本版ミニA2AD網を構成するのも一案でしょう。各種対艦ミサイルや巡航ミサイルを巧みに地形を利用して隠して配置し、サイバー戦や電子戦も十分に活用できる体制を構築すべきでしょう
●Resiliency(強靱さ)強化のため、滑走路補修装備や施設の強化も必要でしょう。
●急激に装備品を変えることは困難ですが、徐々に装備体系を転換させていく中で日本人の知恵を引き出す必要があります。上記の一案にこだわるつもりもありませんが、今方向を変えなければ組織が内部が、「しらけ」から壊死してしまいます。
●戦闘機命派の最後の砦である「戦闘機以外に何が買える」や「しょうがない」との思考停止の捨て台詞や「教義」から脱却し、将来を担う若手士官や非パイロットにも議論の機会を与え、自由に考えさせることで「澱んだ雰囲気」を一掃する必要もありましょう
●外部者であるまんぐーすにはこの程度の「当面の策」しか思いつきませんが、「戦闘機の呪縛」から脱却した自由な議論の機会を与えられた優秀な若手士官から、より効果的・効率的なアイディアが出されるでしょう。
●本稿を作成するに当たり参考させていただいた、「東京の郊外より・・・」に寄せられた多くの内情に関するメールに感謝するとともに、真に優秀な皆さんに活躍の場が与えられることを祈ります
●「絆」との言葉が最も虚しく響くこの組織が、1日も早く目を覚まして然るべき方向に向かうことにより、「東京の郊外より・・・」に寄せられる「憤懣やる方ない」若手自衛官や官僚、更には国際情勢研究者や安全保障にご興味のある皆様の力やアイディアが生かせる組織になることを祈るばかりです。
10 最後にもう一度
●本稿はなるべく既存の概念に縛られないことに留意しつつ書きなぐったつもりです。しかし一つだけ念頭に置いたのは、日本の置かれた財政状況を無視しないことです。
●自衛隊OBや右寄り思想家の論説にありがちな、国家安全保障は国の大事だから国防費は最優先だ、との論調は今の時代には通じませんし、悪戯に問題の本質を遠ざけるだけです。防衛費が今の2倍になるようなことになれば、社会保障は崩壊し、少子化の中、自衛官を志願するモノはいなくなります。
●限られた財政の中で、安全保障環境と軍事技術の動向を見極めて国防投資の優先順位を付け、ぎりぎりの選択の中で知恵を絞っていくしかありません。この姿勢は「東京の郊外より・・・」でも基本としているところです

タイトルとURLをコピーしました