米軍兵士に語るAir-Sea Battle

以下は、2月20日に米海空軍トップが連名で発表したAir-Sea Battleに関する本格的な論文(英語で約4800語、27000文字)を紹介する文章です。
全文を訳したわけではありませんが、両軍トップが訴えたい事項はおおよそ網羅できていると思います。。
個人的に特に印象的なのは、海軍と空軍がそれぞれの軍種のエゴを捨て、偏狭な組織防衛にはいることを強く戒めて論文を締めくくっている点です。
読まれる方それぞれに感想は様々だと思いますが、海空軍トップが連名で論文を発表し、同じ方向に向かってこれだけ強いメッセージを発することは過去なかったことだと思います。重要な歴史的資料かと思いますので、ご参考にどうぞ。
なお、今後も(まんぐーす補足)部分を中心に追記するかも知れません。その際は、タイトル下の日付を更新します
論文の題名、発表日、著者名
Air-Sea Battle:Promoting Stability in an Era of Uncertainty
February 20, 2012
General Norton A. Schwartz, USAF & Admiral Jonathan W. Greenert, USN
掲載webサイト
→http://www.the-american-interest.com/article.cfm?piece=1212

「Air-Sea Battle:Promoting Stability in an Era of Uncertainty」の概要


(米軍兵士に語るAir-Sea Battle)


2012年6月20日版


まんぐーす前書き
 2011年11月9日、米国防省で匿名高官3名が会見を開き、「Air-Sea Strategy Office」を設置すると発表しました。この組織は接近拒否・領域拒否(Anti-Access /Area Denial:A2AD)脅威への対処検討を目的とし、陸海空海兵隊から派遣された約15名のメンバーで構成されるとの発表でした。
 更に会見では、同組織がAir-Sea Battle(ASB)に関するコンセプト開発実行、訓練、装備取得、人材育成に関わる軍種間や機関間のコーディネートを行うとの説明がなされました。
 その一方で同年12月1日、米議会上院の軍事委員会の重鎮である米民主党リーバーマン議員が中心となり、米国防長官にAir-Sea Battle Conceptについて報告を義務付ける法律を成立させました。180日以内にAir-Sea Battleに関する公開及び非公開の報告書提出を要求するもので、報告書に含むべき細部事項まで規定しており、単純に計算すると本年5月が提出期限となっていました。
 この背景には、厳しい財政状況の中で国防予算を編成をするに当たり、イラクやアフガン後の最優先課題であるA2AD脅威対処コンセプトと国防省が主張するAir-Sea Battleの把握無しに、資源配分の議論が出来ないとの議員の不満があります。
 6月18日時点で同報告書が提出された様子はありません。ただし本年に入り、米海軍と空軍のトップ(グリーナート海軍作戦部長とシュワルツ空軍参謀総長)が連名で「Air-Sea Battle」と題する論文を発表しています。
 同論文発表後、同論文は軍幹部がASBを説明する際の基準となっており、各種講演(例:5月16日のブルッキングスでのセミナー:両名が揃って登壇)や軍のwebサイトでも論文の中身に沿ったASBの説明が行われています。
 同論文は「Air-Sea Battle:Promoting Stability in an Era of Uncertainty」とのタイトルで、オピニオン雑誌「American Interest」に掲載(電子版も併せ)されたものです。
 このオピニオン雑誌は、米国外交、国際問題、経済や安全保障問題を扱う各月発行で、広く書店や街角で販売され、主要な記事はwebサイトに無料で一般に公開されています。そのため、ASBが特手の国を対象とはしていないとの姿勢が貫かれていますが、具体的な脅威となりうる兵器の例として、中国軍の装備品が論文に多数登場します
 「Air-Sea Battle」に関しては、中国への配慮か、または予算的縛りが原因なのか、2010年QDRで作成着手を明らかにした以降、国防長官が正式にConcept作成完了を表明しないまま今日に至っています。昨年12月に議会が国防省に要求した「Air-Sea Battle」報告書の公開バージョンがどの程度細部まで明らかにするか予想が付きません。
 両軍トップ論文は、「Air-Sea Battleは我が軍種が組織し、訓練し、装備調達する努力方向を示すコンセプトであり、Air-Sea Battleに沿って立案される作戦計画はペンタゴンではなく、各戦域戦闘コマンド司令官によって作成される」と明記しており、CSBAが2010年5月18日に発表したAir-Sea Battleに関するレポート以上に具体的作戦をイメージさせる公開文書を期待するのは難しいと考えます。
 両軍トップによる本論文は、そんなモヤモヤの中でも実質的な取り組みを推進せねばならない軍トップが、広く安全保障関係者、特に海空軍兵士に対して行った「Air-Sea Battle実行宣言」的な意味合いを持つモノだと考えています。
 なお、本稿のタイトルを「米軍兵士に語る・・」としたのは、本年2月の両軍トップ論文が「我々はこのようにすべきだ」や「我々はこの方向を追求する」と言った組織の方向性を訴える表現を多用して海空軍の意識改革を訴えると同時に、既存概念への固執を強く戒める内容になっいるからです。
 ASBを単なる新装備の取得計画ではなく、組織編成、教育訓練、ドクトリン、人事管理等々にまで遡り、制度化して新たな脅威と厳し財政状況に立ち向かおうとする海空軍トップの「決意表明」論文の概要を、私なりの解釈を加えてご紹介しつつ「Air-Sea Battle」にアプローチしたいと思います。
 最近ではA2ADとの言葉も広く使用され、これに伴い日本の国会でも「Air-Sea Battle」が取り上げられる様になってきていますが、馴染みがない方は、下記の記事をご覧いただき、その概要を把握されると良いかも知れません。
「1/2米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28
「2/2米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28-1
「補米中衝突シナリオを基礎に」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-28-2
「対イランのAir-Sea Battle」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-01-26
「CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-18
「2CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-20
「3CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-20-1
「4CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-21
「5CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-21-1
「6CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-24
「最後CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-05-30
「番外CSBA中国対処構想」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2010-06-02-1
「AS-Battleを議会に報告せよ!」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-12-07
「AS-Battle検討室はよい話?」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-11-10-1
「Air-Sea Battleに波風の年」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2011-10-04
「新味なき国防戦略」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-01-06
「統合の拒否戦略コンセプト」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-01-20
「統合コンセプトを語る」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-01-29
「2013年度予算案の概要会見」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-01-27
「トランスクリプト予算案会見」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-02-01-1
 以下では、特に断りのない限りは両軍トップ論文を抄訳でご紹介します。項立て区分や各項タイトルは、理解を容易にするため原文から多少変更していますが、内容の主要部分はカバーしたつもりです。具体的には、軍事的脅威の変化、本年1月発表の新国防戦略(DSG:Defense Strategic Guidance)との関係、歴史上の拒否戦略対処と海空融合作戦、新たな課題と脅威への米国の対応の順に概要を紹介します。
まんぐーす前書き了
 
1 軍事的脅威の変化
 
 冷戦当時、西側諸国はソ連を「封じ込める」ためソ連周辺に兵力を配置し、例えば独の「フルダ・ギャップ」での大兵力対決に備えていた。そして当時の戦いのコンセプトとしてAirLand Battleが考案された。しかし冷戦終了後の世界情勢は変化し、「フルダギャップ」や他の世界の特定地域での衝突を意識した準備はもはや時代遅れであることが徐々に明らかになった。
 ソ連崩壊と共に、それまで米軍の体制とその整備を支えていた前提も崩れ去った。矛盾を抱えた世界各地で紛争が勃発するようになり、米国は予想が困難な紛争に対処するため、兵力を緊急展開して対処するパワープロジェクション能力を求められる様になった。そこで我が先人達は将来を見通し、米本土内や世界各地から、懸念が生じつつある世界のどこへでも陸海空戦力を派遣し、海空宇宙での優勢を確保できる体制を築いた。
 その典型的な例が、サダム・フセインのクウェート侵攻に端を発する「砂漠の盾」や「砂漠の嵐」作戦から成る湾岸戦争である。イラクによるクウェート侵略後わずか10日間で、米軍は5個戦闘飛行隊、2個空母戦闘群、戦闘艦2隻、数十機の早期警戒機等々を派遣して対処した。またその後半年間で、米空軍は兵員50万人と物資54万トンを空輸し、海上輸送で240万トンの装備品等をイラク周辺に配置完了し作戦準備を整えた。
 我々はその後の約20年間、このような戦力緊急展開による対処で、ボスニア、ユーゴ、アフガン、イラク、リビア等での作戦で成功を収めた。過去約20年間、我々は本モデルで巧みに実行してきたのだ。
 しかし米国の影響力に挑戦しようとする指導者達はこの状況を観察し、旧ソ連の教義に基づき米軍の介入を阻止することが不可能だと悟った。そして我々の弱点を見いだしたと信じ、A2AD戦略を利用し、我々が公海、国際空域、宇宙を合法的に使用するのを妨げようとしている
 この潜在的敵国の変革は、米国やその同盟国によって生み出された技術の拡散やネットワーク技術によってもたらされている。そして米国の国防を脅かす近代兵器システムの発展、拡散、ネットワーク化が、米国の行動の自由や緊要な地域への戦力投射能力への脅威となっている。また、この兵器の脅威は同盟国等への米国関与への信頼性を損ないかねない。
 世界の政治経済秩序の混乱を狙う専制国家やグループは、既にその地理的優位を生かし、米国のプレゼンスや戦力投射、更に自由な地域へのアクセスに対抗しつつある
 これら軍事的脅威の変化は、冷戦終了後に訪れた変化と何ら変わらない大きな変化である。米国への信頼が揺らげば、同盟国等が脅威国との繋がりを求めたり、大量破壊兵器を含む装備の取得を含む行動に出て、地域の安全保障環境に競争対立を持ち込む懸念が生じる。Air-Sea Battleはこれらの懸念に答えるモノである。
まんぐーす補足
●潜在的敵国の変化について海兵隊のASB検討室は、昨年11月10日発表の「The Air-Sea Battle concept summary」との文書で、「砂漠の嵐作戦の後、米国との戦力対戦力の正面対決を挑むことが勧められない事を、潜在敵国は明確に悟ることになった」と述べています。
●両軍トップ論文やJOACでは、接近拒否(Anti-Access)と領域拒否(Area Denial)を以下のように区別しています。
接近拒否(Anti-Access)とは、は、敵が紛争領域に侵入することを拒否すること
領域拒否(Area-denial)とは、紛争領域内で敵の機動や作戦遂行を拒否すること
例えば、友軍潜水艦の実施する作戦でも、敵艦艇が港から紛争領域へ進出するのを阻止すればA2への貢献であり、同じ潜水艦でも紛争領域内で活動する敵空母を攻撃すればADと区分されます。
まんぐーす補足了
 
2 新国防戦略(Defense Strategic Guidance)との関係
 本年1月5日発表された新国防戦略(DSG:Defense Strategic Guidance)では、以下のような点が強調されている。
— 我々の戦略投射を拒否する者たちを含む侵略者と世界中どこででも対峙し、撃破する。
— 我々のアクセスや行動の自由が挑戦を受けるエリアにも戦力投射が可能な能力を保持する。
— Smaller and leaner(小規模で引き締まった)将来の統合戦力を準備しなければならない。
 我々各軍種の長は本方針に沿い、部隊を整斉と編成組織して訓練し、装備を整えて地域戦闘コマンドに供しなければならない。
 Air-Sea Battleは、勃興しつつある脅威、つまり弾道・巡航ミサイル、先進潜水艦、戦闘機、電子戦、機雷等の挑戦に打ち勝つための概念や必要な能力・投資を示してくれるコンセプトである。またAir-Sea Battleは、統合戦力の有効性や信頼性を高めるモノである。更にAir-Sea Battleは、海空軍間の高度な融合(Integration)や緊密な協調作戦を必要とするコンセプトである。
 このレベルの高度な融合には、緊密な相互依存を制度化するだけでなく、派遣に備えた軍の管理や準備プロセスの融合も視野に入れる事が必要である。更に、効率的な組織、作戦、調達面での戦略も必要となる。世界の海や空、サイバー空間での活動の融合に際しては、他省庁とのより緊密な連携もAir-Sea Battleでは求められる。
 国防予算は削減の圧力下にあり、これが国防計画や兵器更新を難しくしているが、Air-Sea Battleコンセプトや海空軍の新たな融合により、これら予算上の課題にも挑む。
 海空軍の更なる融合が容易でないことは理解している。この厳しい予算環境で、海空軍がそれぞれに制度化された自己利益や既存任務に固執することが懸念される。各軍トップとして、このような偏狭な考え方を戒めておく。Air-Sea Battleは、海空軍、統合部隊、そして国家のための利益なのだ。
まんぐーす補足
 本年1月5日発表にオバマ大統領がペンタゴンで発表した新国防戦略(DSG)に続き、1月17日に統合参謀本部がA2AD対処の統合コンセプトであるJOAC(The Joint Operational Access Concept)を発表、これらを具現化する第一歩として、1月26日に2013年度国防予算案の概要発表が行われています。
 本稿で紹介している両軍トップ論文は、新国防戦略発表を受けたA2AD脅威対処を示す一連の流れの中で、2月20日に公開されており、海空軍トップとして同戦略を具体化していく方向性や決意を内外に示す意味合いも持っているモノと理解できます。
まんぐーす補足了
3 歴史上の拒否戦略対処と海空融合作戦
まんぐーす補足
 この歴史的事例の説明部分は、両軍トップが米軍兵士や安全保障関係者に、A2AD脅威への対処と海空軍の協力強化の重要性を理解させるために設けた部分だと思料されます。
 また、米軍が厳しい環境に置かれるのは歴史上初めてではなく、先人も厳しい環境を創意工夫や軍種間の協力で乗り切ってきた事実を伝えることで、悲観論を克服して将来に立ち向かう意欲を興させる狙いがあると思われます。戦史や歴史を見る視点は様々ですが、米海空軍トップの視点として興味深いと同時に、今後の米側との様々な協議の場で話題になるかも知れませんので短節にご紹介します。
 また同時に本項では、過去よりも更に厳しい環境が生まれつつあることを警告する事にも重点を置いています。政治的に微妙な関係の中国等の具体的な装備品を例に取り上げ、更に将来的に要注意な技術動向にも言及しています。そして最後に、これらを克服するためには、過去のような一時的な施策ではなく、恒久的かつ制度的改革を含む取り組みが必要との認識を明示しています。
まんぐーす補足了
(1)A2ADを巡る戦史と変化
軍事力使用の例
●サラミスの海戦。紀元前480年、ペルシャの大艦隊がギリシャへの上陸・侵攻のため向かったが、古代ギリシャ側が巧妙な作戦でペルシャ船団のアクセスを撃退。A2ADを成功させた。
●真珠湾攻撃。日本の連合艦隊は真珠湾攻撃で米海軍艦隊に大きな打撃を与え、米軍の東アジア・アクセスに必要な戦力投射能力にダメージを与えた。
●ノルマンディー上陸作戦以前の状況。独軍のロンメル将軍と独上級司令部は、1944年にフランス沿岸部で連合軍の欧州大陸へのアクセス拒否に成功していた。
軍事力を直接使用しないケース
●ソ連軍が戦闘行為なくベルリンを封鎖し、ベルリンへのアクセスを拒否した。しかしこれに対し米国は、ベルリンへの空からのアクセスを確保し、空輸作戦で対抗した。
●第4次中東戦争時、イスラエルが南北2正面から攻め込まれ、陸路でのイスラエルへのアクセスが不能となったため、米海軍が300マイル間隔で地中海に配置した艦艇の防護を受けつつ、米空軍輸送機が空からのアクセスでイスラエルに支援空輸を行った。
 このようにA2ADを駆使した敵は過去にも存在したが、今日では地理的、政治的、軍事的な手段を巧みに組み合わせ、国家及び非国家対象が米国の戦力投射妨害に取り組んでいる。自国の経済発展や更に世界経済の脆弱さを背景として、長距離精密攻撃力、宇宙やサイバー攻撃力を備えた新興国等が包括的手法をとりつつある。
 典型的な脅威に、中国の対艦弾道ミサイルDF-21Dや長距離巡航ミサイルDH-10のような長距離精密誘導兵器の開発と蓄積がある。またロシア製のS-300/400/500や中国製HQ-9地対空ミサイルも広範囲の我の行動の自由を妨害する。
 更にディーゼル潜水艦の増強、戦闘機や爆撃機の能力向上、優れた防空能力や電子戦システムを持つ水上艦艇の導入を、高等な敵対国は可能である。
 また、遠方情報収集、弾道ミサイル弾頭の終末機動操作技術、対衛星兵器やサイバー兵器能力の向上がA2ADを強化し、米国に挑んでくるだろう
 更に非国家対象も忘れてはならない。ヒズボラがC-802対艦ミサイルでイスラエル海軍艦艇を攻撃した2006年の事例も忘れてはならない。
 このように新興国は周辺国を威圧し、仮に米国による確かな安全保障施策が無ければ、長年にわたる米国の同盟国等が大量破壊壁の獲得を含む、地域の不安定化に繋がる軍拡競争に陥る恐れもある。
(2)戦史上の海空軍融合作戦 
●第2次大戦時の日本空襲作戦で、B-25爆撃機(当時は陸軍)16機を海軍のホーネットから発進させ、遠距離攻撃を成功させた
●第2次大戦時、大西洋でB-24爆撃機(当時は陸軍)が連合軍輸送船団を護衛し、独潜水艦からの攻撃を抑止した
●冷戦期、旧ソ連の爆撃機バックファイアーが長射程対艦ミサイル・キッチン(AS-4)を搭載したことから、米空母の防空範囲を拡大するため、米空軍のE-3早期警戒管制機とF-15戦闘機が投入された
●冷戦期、旧ソ連の海軍力増強に対抗するため、B-52爆撃機が機雷敷設任務や海面監視活動にも従事。更に空軍は保有の兵器では対処困難と判断し、最終的に海軍装備のハプーン対艦ミサイルをB-52に搭載する改修した
 ただし、以上のような海軍と空軍の融合努力は、一時的でその場限りの傾向があり、一度脅威が去ると時間を掛けて形成された協力関係も瞬く間に消え去った。しかし現在の我々が直面する複雑な脅威は、より永続的で深く制度に根付いた手法を求めている。そしてその融合は前線においてだけでなく、各軍種の現在と将来の組織、訓練、装備品調達において制度面から備わっていなければならない
4 米国の対応 
 
 Air-Sea Battleは特定の敵対者を対象としたモノではない。また、Air-Sea Battleは我が軍種が組織し、訓練し、装備調達する努力方向を示すモノであり、Air-Sea Battleに沿って立案される作戦計画はペンタゴンではなく、各戦域戦闘コマンド司令官によって作成される。
 我々は厳しい予算の中で組織し、訓練し、装備を調える。拒否戦略脅威を撃破するために、我々は従来のように大量のより先進で高価で融通性の少ない艦艇や航空機に期待することは出来ない。我々の焦点は、戦域戦闘コマンド司令官に必要な場所へのアクセスを確保し維持する能力を如何に与えるかにある。A2AD能力の拡散拡大と財政状況の中で、我の戦力投射能力を、より賢明により費用対効果良く改善することを考えねばならない
 我々は最高の技術の開発を継続するが、同時に既存技術の兵器能力を改良して領域拒否エリアで作戦可能にすることにも焦点を置く。この改良には、より融合された兵器、センサー、サイバー、EW、無人システムを含む。これらは有人装備より進歩が早く、最新技術をより迅速に取り込むことが可能であり、Air Sea Battleに必要不可欠な要素である。
 我々は、決してハッカーに盗まれない又は模倣されない独自の米国能力を生かす。 その能力とは、海空軍兵士の能力であり、成功の歴史であり、共有する価値観である。
 Air-Sea Battle遂行の第一歩として、2012と13年度予算にA2AD脅威撃破能力を獲得するための予算を増加させている。また既に我々は国防省内にAir-Sea Strategy Officeを設け、軍種間の融合や意思疎通を改善する取り組みを始めている。Air-Sea Battleが次世代の海空軍兵士を形成し、例えばISR、EW、指揮統制、更に同盟国等との国際協力関係に構築発展に、かつて無いシナジー効果を発揮することを望む
(1)「Networked, Integrated Attack-in-Depth 3D(NIA-3D)」とは
 Air-Sea Battleが追求する緊密に融合されたドメイン交差作戦の考え方は、「Networked, Integrated Attack-in-Depth 3D(NIA-3D)」と表現できる。この考え方でA2AD脅威を撃破し、将来の投資やドクトリン開発やイノベーションを誘導する。
●「Networked」とは・・・
強靱な意思疎通ネットワークを構成し、海空軍の人と組織のリンクを強化することで意志決定での優越を維持し、敵A2AD下でも有効なドメイン交差の作戦を遂行する。
●「Integrated」とは・・
海空軍がドメイン交差で緊密に作戦コーディネートを行い、A2AD脅威を撃破する。例えばここでは、新たな指揮統制を活用し、サイバーや水中アセットで敵防空システムを撃破したり、空中アセットが潜水艦や機雷を除去する。更にこれにより、目標への攻撃手段を複数化して戦闘効率を高め、敵のリスクを高めて攻撃を諦めさせる。
●「Attack-in-Depth」とは・・
伝統的な消耗戦モデルでは敵を外側から順番に撃破して中心に進むが、Air-Sea Battleでは、作戦目的達成のために強固に防御されたエリアであろうが必要な地域へのアクセスを確保する
「Networked, Integrated Attack-in-Depth」の考え方に沿って、敵のA2AD能力を寸断攪乱・破壊・撃破(3D:disrupt, destroy and defeat)する
●「Disrupt」とは・・・
 敵の戦場ネットワーク、特にISR能力やC4Iシステムを攪乱したり破壊する攻勢作戦。この作戦により、敵に誤目標を攻撃させたり、目標情報が不確かなため攻撃を躊躇させたり、敵艦艇やミサイルやEW攻撃の目標照準を防止し、敵のA2ADシステムの有効性を低下させる。
●「Destroy」とは・・・
 敵の兵器発射母体、つまり艦艇や航空機や潜水艦やミサイル発射機を無効化する攻勢作戦。また本作戦は、敵の領域拒否エリア拡大を防ぎ、接近拒否・領域拒否の密度を低下させる。
●「Defeat」とは・・
 (筆者注:端的に言えば、味方の作戦基盤を防護することの重要性を示した部分)
 防御作戦であり、Air-Sea Battle conceptにとって重要な作戦。統合戦力やその戦力発揮enablersを敵兵器の攻撃から防護する作戦。我による「Disrupt」により敵C2やISRを寸断攪乱することにより、敵攻撃密度を低下させ、我が防御システムを有効に機能させられる
(2)Air-Sea Battleに関する海空融合の例
●空軍偵察機(UAV含む)のフル動画映像を海軍システムにリアルタイムで提供する
●空軍F-22やF-35が、対艦ミサイル基地、潜水艦基地や無人機基地等を攻撃し、我が艦艇の行動を容易にする
●逆に我が潜水艦が敵防空システムを攻撃し、我が空軍アセットの行動を容易にする
●海軍のイージス艦が空軍基地のBMDを担当する
●海軍の暗号員が敵防空網を混乱させ、空軍の活動を容易にする
●敵巡航ミサイルを空軍E-3と海軍E-2が協力しデータを共有しながら捜索・追尾し、空軍F-22と海軍F-18で撃墜する
●海軍艦艇が発射したトマホークの飛翔プログラムを、飛行中のF-22から変更する実験に昨年成功
まんぐーす補足
 両軍トップ論文では、「Networked, Integrated Attack-in-Depth」との表現になっており、「disrupt, destroy and defeat」の説明はあるものの、「3D」との略称は使用されていません。しかしその後、5月に海軍トップが自身のブログで「3D」との表現を使用していることから、本項でも「3D」として一まとめにしました。
海空融合例は、「4 米国の対応」だけでなく、論文の各所に散りばめられた例をまとめて記載しました。
ちなみにCSBA発表の2010年5月のレポートには以下のような海空融合例(一部)が記載されていました。
●米空軍による中国のISRや海面監視用宇宙アセット攻撃で、米海軍艦艇や空母の活動可能範囲を拡大する。海軍も空軍の対宇宙作戦を支援する。
●米海軍のイージス艦は他のBMDアセットを補完し、米空軍基地や日本のミサイル防衛にあたる。
●米空軍の長距離突破攻撃作戦で中国の遠距離海面監視システムや弾道ミサイルを破壊し、米海軍の自由を拡大し、米や同盟国基地への攻撃を減らす。
●米空母航空戦力により、段階的に中国の有人無人ISRアセットや戦闘機を制圧し、米空軍空中給油機や他の支援機の活動を支援する。
●米空軍ステルス爆撃機による攻撃的機雷敷設や非ステルス機による敵艦艇攻撃で、米海軍の中国通商阻止を支援する。
 場面場面に応じ、柔軟に海軍と空軍のアセットを組み合わせる事例が提示されています。「作戦計画は、ペンタゴンではなく各戦域戦闘コマンド司令官によって作成される」との大前提がありますから、柔軟な組み合わせを可能にする指揮統制システム、データリンク、ISR情報共有システムの整備が重要との指摘でしょう。
まんぐーす補足了
(3)Air-Sea Battle推進時の着意事項
 Air-Sea Battleを通じ、共通性や相互運用性、更に統合効率性を追求する。単一軍種だけで能力不足部分を埋めるのではなく、統合で不足や過剰部分を探し、必要な重複は確保しつつ、競争の利点も活用して敵に対抗する能力を高める。
 従って、自らの軍種の利益のためにAir-Sea Battleの旗を掲げて軍種計画を推し進めるようなことは戒めよ。仮にある計画が海空の融合・共同のA2AD対処能力を向上させないなら、それはAir-Sea Battleではない
 Air-Sea Battle無くともA2AD対処は進むであろう。しかしそれは海空がバラバラに行う対処で、一体感無く極めて非効率であり、伝統的な手法であるがもはや機能しないであろう。
 我々は官僚的な鎖を断ち切り、偏狭な組織防衛を脇に置き、新たな時代のために協力的な能力開発に取り組まねばならない。ペンタゴンのビル内にも、我々の取り組みを軍種の伝統や信条や遺産を脅かす脅威と見なす者たちがいるが、我々はAir-Sea Battleを軍種のアイデンティティーを強化するモノと考えている。
 誰も空軍のように制空を遂行して海軍と協力できるモノはいないし、海軍による制海も同様である。
 Air-Sea Battleは懐疑的な見方や根強い官僚主義との戦いを生き延び、米軍の優位性や我が国の反映と安全を守る重要な努力指針となる。
まんぐーす補足
 両軍トップ論文の最後は、各軍種の殻を破って悪しき官僚主義を排除し、統合の効率性や効果を最大限に追求するよう各軍種の構成員に求める内容となっています。同時に本論文が一般に公開されていることから、世論や外部有識者等までも巻き込み、変革をあらゆる角度から推し進めようとの決意とも受け取れます。
日本への期待も小さくないと思われます。「例えばISR、EW、指揮統制、更に同盟国等との国際協力関係に構築発展に、かつて無いシナジー効果を発揮することを望む」との表現がありますので。例えば第11回アジア安全保障会議での講演(6月2日)でパネッタ国防長官は日本に言及し、「訓練の強化やISR」「BMD関連の研究開発を今後も継続すると共に、サイバーや宇宙関連等で新たな協力関係が・・・」と述べ、シナジー効果を期待しているところです。 
まんぐーす補足了
おわりに(まんぐーす感想)
 「Air-Sea Battle」を採用するか、しないとかの議論は余り意味がないと思います。なぜなら、特殊な作戦をやるわけではなく、両軍トップ論文も指摘しているように「Air-Sea Battle無くともA2AD対処は進むであろう」し、かつ脅威の変化を見れば、自然とその対処は「Air-Sea Battle」の方向に進むと考えられるからです。
 
 しかし、そうであるならば、なぜ「Air-Sea Battle」を強調するのか? それはやはり予算の縛りが厳しく、無駄や軍種間の重複が多い従来の手法では対応できないからと思われます。そして予算や海空軍の縄張りを巡る争いが激化している現実があるのかも知れません。
 「Air-Sea Battle」での海空融合作戦の具体例が示すように、そんなに驚くような新戦術があるわけではありません。これまで以上に重複を廃し、有効に戦力を組み合わせるイメージです。
 しかしそこに繋がる予算や新規装備調達の精査には、多くの軍需産業や利害関係者が絡み、軍人も巻き込んだどろどろが潜んでいるわけです。
 勿論、新たな脅威が予断を許さないモノであることも当然背景にはあるでしょう。しかし・・・、大東亜戦争時、我が帝国陸海軍が「陸軍は敵兵と戦う前に海軍と戦い、海軍も敵艦隊と戦う前に陸軍と戦っていた」状態にあったように、組織内の戦いが勝敗を決めるかも知れません。
 「Air-Sea Battleは懐疑的な見方や根強い官僚主義との戦いを生き延び」る事が出来るのか・・・我が国の安全保障に直結する関心事であると同時に、組織論的にも極めて興味深い取り組みが米軍内で始まっています。

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