1か月以上前の3月25日、防衛省防衛研究所が今回で20周年となる記念すべき恒例の「東アジア戦略概観2016」を発表しました。2015年1月から12月の間の「地域情勢」や「戦略環境」をまとめたもので、兵頭慎治さんが編集長です
同研究所に所属する研究員の個人的な見解をまとめたもので、日本政府や防衛省の公式見解ではないとの「大前提」はさておき、安全保障に関する貴重な記録であり、webで全文閲覧可能で英語版もある素晴らしい約300ページの資料です
「東アジア・・」とのタイトルながら、第1章に「宇宙安全保障」、第2章に「イスラム主義過激派の伸長」を取り上げてISIL動向を丁寧にフォローしているように、相互依存が深まる安全保障問題を多角的に総合的にフォローしており、はしがきで「日本の安保政策を追求する際の知的議論の材料」と表現した位置づけにふさわしい内容となっています。
特に「第1章:宇宙安全保障」は、コンパクトに新ドメイン「宇宙」の諸課題や各国の動向をまとめており、他にこの様な資料は存在しないのでは・・・と思わせる「涙が出るほど」のありがたさであり、「第2章:イスラム過激派」も、わかりやすい表現で専門外の読者の理解を助けてくれる「暖かさ」を感じます
また、「第9章:日本」は、改めて日本の安全保障政策の動きを整理・整頓して解説しており、「シームレス」な理解に大きな力となります。
ただし・・・
いつものように残念な「第8章:米国」
もちろん評価すべき良い点もあります
●第2節の(2)「A2AD脅威対応の新展開」で、エアシーバトルASB論が中国を刺激する恐れがあるとの議論を持ち出した米陸軍の反撃模様を描写し、陸軍参謀本部の戦略計画副部長(准将)の論文を取り上げ、中国大陸に面する列島線上に防空ミサイルや対艦ミサイルを配備したり、衛星に依存しない通信インフラや潜水艦探知センサー網の整備を、安価で強靭で艦艇より残存性が高いと、懸命に生き残りをかけて反撃主張していることを紹介している
●また、太平洋空軍がIAMDの「積極防空」だけでなく、「受動的分野」としてグアム島のアンダーセン基地の施設や滑走路の強靭化や抗たん化に取り組んでいる様子もしっかり取り上げている
●更に第3節(1)「ロシア脅威論の浮上」では、昨年7月のダンフォード大将の議会証言「米国にとってロシアが最大の脅威」をきちんと取り上げ、欧州への戦力展開や装備の事前集積の様子を紹介し、ロシアの脅威が対ISと並んで、米軍の態勢に影響を与え始めていることを紹介している
でも不完全燃焼感が
●CSBA前理事長のクレピネビック氏が昨年5月の日本公演で語ったように、エアシーバトル封じ込めは予算配分を巡る陸軍や海兵隊の反撃の結果であり、「Work副長官らがASBの考え方の実現に向けゲリラ戦を継続している」のが現状であろうが、それへの言及がない
●実際、B-21やNIFC-CAやCBARSや巡航ミサイル改良や長距離対艦ミサイルや超超音速兵器等々の開発は進められ、人工知能とDeep-learningを活用したサイバーや電子戦への迅速対処、またレーザーやレイルガンによる同じた目標対処、無人システムによる効率的な対処の検討がどんどん進んでいるが、ほとんど記述が無い
ASB封じ込め顛末
「CSBA理事長の来日公演」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-06-27
Third Offset Strategy関連の記事
「慶応神保氏の解説」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-01-26
「宇宙とOffset Strategy」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-04-01
「CNASでの講演」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-12-15
「11月のレーガン財団講演」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-11-15
「9月のRUSI講演」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-09-12
「米国のリバランス」への疑問表現一切なし
●米議会が米国防省を通じて独立的外部有識者に分析を依頼した「アジア太平洋リバランスの評価」結果が、2016年1月19日にCSISから発表され、中身や戦略のないリバランスの現状を厳しく指摘しており、米国防省でさえもwebサイトで「指摘の正しさ」を大々的に表明している
●「東アジア戦略概観」は2015年12月までをカバーする前提に立っているが、本CSISレポートを待つまでもなく、「アジア太平洋リバランス」への疑問の声は各界各方面から上がっており、その点に関する指摘が無いのは「異様」の一言に尽きる
●またカーター国防長官やWork副長官が2015年の就任当初から、対中や対露目的だと明言して懸命に取り組んでいる「第3の相殺戦略:Third Offset Strategy」や「ハイテク企業との連携強化」、更には「Force of future」への取り組みの説明が「わずか半ページ」しかなく、第8章に「空虚感」をもたらしている
「ハイテク繊維へ共同体」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-04-05
「人材確保・育成策第1弾」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-11-19
「FlexTech Alliance創設」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-08-31
「技術取込機関DIUx」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-04-25
何のために「グダグダ」と予算構造を難解に解説?
●更に、第2節と第3節の「グダグダ感」は目を見張るほど。第2節は網羅的に時系列で事象を記述しているが、焦点をわざとぼやかすように、固有名詞を細かく丁寧に記述しすぎ、文字数を稼ぎすぎて本文の理解を困難にしている
●また第3節(2)以降の米国防予算の構造や強制削減にまつわる経緯を延々と綴った13ページ(第8章全体でも36ページなのに)は、誰が読むのか?(在日米軍再編予算で米側資料解読に苦労する防衛官僚のためか?)と頭をかしげるマニアックさ。
●英語版を出すため、詳細な英語の文献をそのまま直訳して引用したのではないかと思うほど、読者を睡魔に誘い込む罠が張り巡らされている。
●第2章のイスラム過激派の説明や、第5章の東南アジア諸国の解説は、専門的で難解な説明になることを避け、単語や用語の選択と簡明な表現で、読者を感激させているのに・・・
●米国防省が毎年議会に提出する報告書「中国の軍事力」が、中国の軍事力強化の目的を「地域の高列度紛争を戦い、短期間で勝利」と明確に記述するのとは対照的に、日本の防衛白書が中国軍の陸海空軍とミサイル部隊を羅列的に記述し、読者の理解をごまかしている姿勢とそっくり!
「中国の軍事力」レポート
「2015年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-06-17
「2014年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2014-06-06
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基本的に、「第8章:米国」を含め「東アジア戦略概観」は素晴らしい資料ですので、応援の意を込め、紹介させていただきました。
「第8章:米国」の第2節や第3節を担当された方も、まんぐーすに言われるまでもなく、そんなこと承知の上だけど、「世間のしがらみ」や「大人の事情」があるんだと大声で叫びたい御心境でしょう。
また、それは2016年に入ってから明らかになった事だろ・・と反撃したい点もありましょう。いい加減な難癖部分もありましょう・・・すいません
色々な意味で、知的好奇心を駆り立てる重要な報告書だと感謝しております。
過去の「東アジア戦略概観」記事
「2015年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-04-15
「2014年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2014-04-13-1
「2013年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-04-10
「2012年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-04-03
ASB封じ込め顛末
「CSBA理事長の来日公演」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-06-27
Third Offset Strategy関連の記事
「慶応神保氏の解説」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-01-26
「宇宙とOffset Strategy」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-04-01
「CNASでの講演」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-12-15
「11月のレーガン財団講演」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-11-15
「9月のRUSI講演」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-09-12
「Force of future」関連
「ハイテク繊維へ共同体」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2016-04-05
「人材確保・育成策第1弾」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-11-19
「FlexTech Alliance創設」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-08-31
「技術取込機関DIUx」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-04-25