量子技術の軍事への応用

既に半導体等で利用されている「量子技術1.0」から
量子特有の性質を最大限活かす「量子技術2.0」利用へ
センサー、コンピュータ、通信の視点から

Quantum Tech.jpg12月21日付防衛研究所ブリーフィングメモとして、理論研究部の有江浩一2等陸佐による「量子技術の軍事への応用」との記事がアップされ、なかなか理解が難しい「量子技術」解説が試みられていますのでご紹介いたします

有江2佐は、米国防省の諮問機関である国防科学技術委員会(DSB)が2019 年の報告書が取り上げた、軍事応用が最も期待される量子技術「量子センサー」、「量子コンピュータ」、「量子通信」の3つについて、原理と開発の現状と課題を紹介しています。

Quantum Tech4.jpg読んだ感想として、まだまだ軍事分野での利用には高い壁があり、基礎的な理論研究段階との印象ですが、軍事に限らず、民生分野でもパラダイムシフトになりそうな「量子技術」分野ですので、首を突っ込んでおきましょう。

有江2佐のブリーフィングメモによれば
基礎となる量子力学の基本
Quantum Tech5.jpg●量子は「重ね合わせ」(superposition)と「量子もつれ」(entanglement)という2 つの性質(量子性)を持っている。「重ね合わせ」とは量子が同時に複数の状態を維持することができる性質であり、「量子もつれ」とは、複数の量子の間に相関関係を持たせ得る性質のことである
●ただし、これらの性質は量子を取り巻く環境との相互作用によって崩れてしまうため、維持することが難しい

●このような量子性は様々な技術に応用可能で、例えば「重ね合わせ」の性質利用で、従来型コンピュータの「0 か1 か」の世界から、「0 と 1の情報を同時に表現可能」な世界になる。この性質利用で大量のパターンの情報を同時に処理しようというのが「量子コンピュータ」である
●また、「量子もつれ」状態の複数の量子に情報を乗せ、遠く離れた地点間での高速通信目指すのが「量子通信」で、さらに、量子性利用で、傍受や盗聴が原理的に不可能な量子暗号通信の研究開発も進められている

量子センサー
Quantum Tech6.jpg●量子技術で最も軍事応用の可能性が近いと考えられているのが量子センサーである。量子センサーは上記「量子性」を利用して物理量を計測する超高感度のセンサーであり、軍事レーダー等への応用が期待されている。
●量子レーダーは、「量子もつれ」状態にある一対の光子の片方をレーダーから射出し、それが目標に反射して戻ってきた際にもう一方の光子との相関関係を検出し、目標との距離などを計測する仕組みである

●ただし、「量子もつれ」状態を維持することが困難で、量子レーダーの開発には課題も多く、もっとも応用可能性が高いと言われる量子レーダーの軍事応用にも依然として懐疑的な見方もある
●仮に測位・航法・調時(PNT)に量子センサーを用い、GPS 衛星など外部PNT 信号への依存なしに、高精度の自己位置測定や航法が可能になれば、潜水艦にとっては非常に有益な航法手段となり、また、軍用 GPS のバックアップとして量子センサーを搭載することで、脆弱性が指摘されているGPSの 代替手段としても期待される

●量子センサーによるISR能力向上も期待される。例えば、潜航中の 戦略原潜SSBN によって引き起こされる磁場や重力などの変化を量子センサーで計測し、探知することも考えられている。実現すれば隠密性がカギのSSBNにとって致命的だが、現時点では量子センサーの開発は未成熟だと言われている

量子コンピュータ
Quantum Tech3.jpg●1980 年に理論的に示され、1994 年に基礎的アルゴリズムを開発された量子コンピュータが実用化されれば、現在一般的な暗号化システムである RSA 暗号(公開鍵暗号)が解読されてしまう可能性が明らかになり、量子コンピュータへの関心が急速に高まった。以後の様々な研究開発を経て、現在は米グーグル社や IBM 社などが「数十量子ビット」の量子コンピュータの開発に成功している
●軍事応用では、暗号解読能力を利用して敵のネットワークから重要情報を窃取する「量子攻撃」が考えられる。ただし、実際の暗号解読には「2,000 万量子ビット」の量子コンピュータが必要になるとされており、その実現は早くとも 2030~40年頃と見込まれている

●量子コンピュータによる暗号解読は米国からの技術流出が懸念され、米商務省は、米国製の量子コンピュータを入手して中国軍を支援しているとして、2021 年 11 月に中国の企業 8 社を安全保障上の懸念がある企業のリスト(エンティティ・リスト)に追加した

量子通信
Quantum Tech2.jpg●量子通信では、傍受やサイバー攻撃による情報漏えいを回避できる次世代の通信技術として、量子性を利用して情報を暗号化する量子鍵配送(QKD)方式が注目されている。そしてその実用化に精力的に取り組んでいるのが中国である
●中国は、2016 年に世界初の量子科学実験衛星「墨子号」を打ち上げ、2017 年に北京と上海を結ぶ量子鍵配送通信幹線を完成させ、1月後には「墨子号」を介して北京・ウィーン間の量子鍵配送方式による画像暗号化伝送を行いビデオ会議を実現させた。また、2021 年 1 月には、「墨子号」を介した総延長 4,600キロの衛星・地上間量子通信に成功したと発表している

●ただ、中国の量子通信はあくまでも商用ベースの事業であり、先述した 国防科学技術委員会(DSB)報告書は、量子鍵配送は米軍が任務遂行に使用し得るだけの十分な保全性をまだ達成していないと評価している
●他方、量子鍵配送が軍事実用可能なレベルに至った暁には、艦船や航空機などとの間の無線通信や、地上の司令部と基地間など固定施設間の光ファイバ通信にも使わると考えられる

●ただし、量子性が崩れやすいことから、自由空間を介した量子無線通信は、伝送路上に障害物のない見通し線内に限定されるなどの課題もある。
●可能性として、SSBN との通信に量子暗号技術を導入し、傍受不可能な秘匿通信を構成するアイディアも示されている。ただ、海中を伝送中に量子性が崩れないよう保護する困難な課題克服が必要である。

おわりに
●困難な基礎的課題も多いが、量子技術が多様な分野に応用可能となり、「量子戦」(quantum warfare)との新たな戦いの場が出現するとの予想もある
●ただし、その課題の大きさから、将来の軍事に及ぼす影響を過大に評価することは現時点では避けるべきであろう。今後の量子技術の発展動向や軍事への応用に関する議論を継続的にフォローすることが求められる
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有江2佐の解説をご覧いただいて、量子の持つ「重ね合わせ」(superposition)と「量子もつれ」(entanglement)という2 つの性質(量子性)への理解が極めて重要だと感じられた方のために、以下のYouTuberの投稿をご紹介しておきます

数式なしでもしっかり学ぶ量子力学
(YouTube:「予備校のノリで学ぶ数学と物理)より)
https://www.youtube.com/watch?v=s3uQk3pF3wo

量子技術に触れた過去記事
「AUKUSで量子技術連携を」→https://holyland.blog.ss-blog.jp/2021-09-17
「国防省がデジタル近代化戦略を発表」→https://holyland.blog.ss-blog.jp/2019-07-16
「中露のAIでの野望を語る」→https://holyland.blog.so-net.ne.jp/2018-07-28
「米空軍科学技術諮問委員会2015年テーマ」→https://holyland.blog.ss-blog.jp/2015-10-13

防研のブリーフィングメモwebページ
http://www.nids.mod.go.jp/publication/briefing/briefing_index.html

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