4日、防衛研究所が恒例の「東アジア戦略概観 2014」を発表しました。英語版(要約)も同時発表です。昨年1年間の事象を網羅的に記述し、かつ安全保障の観点から整理分析している点で極めて貴重な資料です。
東アジアの国々に加え、影響の強い米・豪・露・東南アジアの「章」を立て記述している点も重要です。また、2014年版には特別テーマとして、米軍撤退後のアフガンと周辺地域の分析と、シェールガス&石油の影響にも「章」を立て、詳細な分析を提供しています。
今年は「はしがき」で、誰がどの章を担当したのか明示しています。地域情勢に注目が集まる中で事象が複雑になり、全体の統一感よりも各研究者の独自の視点である点を強調したのでしょうか。
以下では本ブログに関連の深い、第1章の「日本-安全保障政策の新たな展開-」と第7章「米国-試されるリバランス」について取り上げます。
第1章「日本:安保政策の新たな展開」はナイス!
(by高橋杉雄)
昨年は、国家安全保障戦略NSS、新大綱、新中期防が策定され、集団的自衛権や武器輸出3原則に関する見直し議論にも進展が見られた1年でした。
しかし高橋氏はこれらの前進を「過去からの課題への取り組み」と捕らえ、その前進を評価しつつも、より本質的な今後の課題を的確に指摘しているのでご紹介します。
日本版NSCの課題として高橋氏は
●第1に、外交政策・防衛政策のみならず、「エネルギー安全保障」・「経済安全保障」・「食料安全保障」・「資源安全保障」のような広範な分野をどのようにカバーしていくか
●第2に、実効性ある省庁間の連携・協力体制の強化。特に、NSCがいわゆる「縦割り」の軽減に寄与するか、また、それ自体が新たな「縦割り」の弊害を生まないか
●第3に、情報部門との関係。インテリジェンスを含む各種情報を関係省庁から「縦割り」の壁を越えて的確に入手し、それを政策面に活かしていけるかどうか
●第4に、危機管理における役割。危機管理全般については、引き続き内閣危機管理監が担当する一方、当該会合に関する事務は国家安全保障局が担うこととなったが、重大緊急事態に際して、国家安全保障局と危機管理部門が、連携して緊急事態大臣会合を迅速・的確に開催するなど両者の円滑な連携の確保が今後の課題の一つ
日本の安保政策の課題:知的基盤の重要性
●現在進行する安保政策の改革が実現後に必要になのは、入口としての組織や法制の在り方議論ではなく、日本の安保政策そのものを深く議論し、使用可能な政策手段を組み合わせていくことである。
●そのため、NSS、防衛大綱および中期防の全てが強調している知的基盤の充実が重要。しかし、日本の知的基盤を支えるシンクタンクや人材の層は、英米豪に比べて脆弱。
●まさにこの分野における努力こそが、今後の日本の安全保障政策において、これまでよりもはるかに重要な意味を持つ
しかし第7章「米国-試されるリバランス」は悲惨
(by 菊地茂雄・新垣拓)
防衛省の厳しい「検閲」を経て発表されるであろう本冊子に、率直な情勢記述を求めるのは酷かも知れませんが、日本の安全保障の鍵を握る「米国」の動向について、あまりにも「局解」や「臭いものにはフタ」が過ぎるのではないかと思います。強制削減の経緯や状況に関するきめ細かな説明は資料的価値ありですが・・・
第7章は、日本の報道は正確でなく、米国のアジア太平洋リバランスは厳しい予算の中でも着実に進んでいると主張していますが、そんな楽観できません。
以下は、第7章が「局解」又は「無視」している、しかし日本人が知るべき米国の姿勢の事例・実態です。
ライス大統領補佐官のジョージタウン大学講演
(2013年11月20日世界が注目のアジア政策発表だったが)
●オバマ政権が追求する米中関係についてこう断定した。「中国について言えば、我々の目的は大国関係のニューモデルをオペレーショナライズすることにある。すなわち、アジア及びその他の地域において、米中両国の利益が合致する諸問題では協力関係を深化させる。一方、回避し難い競争(分野)については、それを運営、管理できるようにするということだ」。
●習近平国家主席が提唱した「新しい大国関係」を、アメリカも大国関係の「ニューモデル」と位置づけ、その「米中関係」を運営・管理していくと公言した。
●ライス氏はこの演説で、尖閣諸島周辺や南シナ海において、中国が海洋権益を拡張しようとしている動きについては一切触れず、尖閣諸島に日米安保条約が適用されるというアメリカ政府のこれまでの基本姿勢にも一切言及しなかった。
●象徴的だったのは、「China」という単語が全部で13回登場したのに対して、「Japan」は3回しか出てこなかったことだ。民主・共和党を問わず、米専門家の間では「中国をおもんぱかるあまり日本を軽視した演説」だったと極めて評判が悪い
米国のアジア諸国への本音
ヘーゲル長官の論文@アジアツアーを前に(2014年4月)
●当地域は米国のリーダーシップの恩恵を受けてきた。今後もそうだろう。しかしそのためには、責任の分担が必要だ。
●より多くの国がこの責務を負うことにより、アジアの21世紀が全ての人々の繁栄と安全の場所であることにより自信を持てるのだ
太平洋空軍トップが記者に@本年1月
●継続中の中東での作戦のため、また予算の削減のため、アジアリバランスは言葉通りには進んでいない。資金があれば出来ることも、強制削減の中では非常に難しい。2016年度にまで強制削減が継続すれば、アジアリバランスはより一層困難になるだろう
●アジアの同盟国等は大いに懸念している。演習をキャンセルし、参謀長会議を延期したことで、同盟国の懸念は増している。しかしこの予算の状況では、その中でやるしかない
●同盟国等は、米国が苦しい中でもリバランスに取り組む姿勢を理解している。しかしどれだけ実現できるかを、多いに懸念している
日韓関係の問題背景を理解せず、日韓協力を強制
米軍人トップ@防衛研究所(2013年4月)
●同じ北朝鮮の脅威に直面しているながら、(日本と韓国の)2つのピクチャーは融合されていないではないか!
●北朝鮮は挑発的姿勢に入っている。これを良い機会と捕らえ、(日本と韓国が)特にいま直面する脅威に対して、相互運用可能な関係になるべきではないか
ヘーゲル国防長官@横田基地(2014年4月)
●私が日本を訪問したのは、米国の関与を再確認するためだけでなく、当地域での課題とチャンスに取り組むため、先日の日米韓3カ国首脳会議を成果を確固とするためである
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伝統ある「東アジア戦略概観」ですが、その肝となる米国分析で脚色や局解が過ぎると、日本の安保政策を歪める事になりかねません。
その元気さから「突っ張っている」と噂の高橋杉雄氏が、第1章でかなり突っ込んで日本の安保議論を「ばっさり切り捨てた」様な姿勢を、米国担当者にも期待したいものです。
ところで、第8章の「アフガンとその周辺地域」と第9章の「シェールガス&石油の影響」は、とても良くまとまっています。
これほど平易に全体像を説明した資料は他にないと思います。多数の地図や図表も素晴らしく、「東アジア戦略概観」とのタイトルを超越した、安全保障アセットです。
過去の「東アジア戦略概観」記事
「2013年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2013-04-10
「2012年版」→http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2012-04-03